タイトルを見て記事を読んでくれた人、意味わからないですよね。 僕も意味わからないです。が、本気です。 春から東京藝術大学大学院で学ぶことになりました。 平日に事業を、週末に作品を、の日々を経て、めでたくこの度合格。
東大を卒業し、会社を経営しながら東京藝大の大学院生になるわけです。 やったぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 僕は何者なのか、何をしているのか、何がしたくて藝大を受けたのか。ここから説明させてください。
もし読んで、ちょっとでもお話してみたいなと思ってくれた人は「noteみた!!」ってインスタでDMして欲しいです!!時間あえばぜひ話しましょー!!
インスタ:https://www.instagram.com/shimomon48/ note:https://note.com/korokke0508/

目次 第1回

  • 自己紹介

  • Qなんで東京藝大を受けたの?

第2回

  • Q東京藝大ってどんなところなの?

  • Q.藝大の試験ってどんなのなの?

第3回←今ココ

  • Q.どういうコンセプトで東京藝大を受けたのか

第4回

  • Q.これから何するの??

  • ・やりたいこと/やっていること!



Q.どういうコンセプトで東京藝大を受けたのか

大まかに答えると150才の時点でレオナルドダヴィンチを超えるため! もうちょっとリアルに寄せると、事業と作品を両方作りながら未来について考えたり、「こういう世界だと絶対面白いでしょ!」というのを実現していきたいなと思っているからです。 今までいろんな事業を作ってきて、成功したり失敗したり(成功は少なく、失敗は多い)を繰り返してきたのですが、やっぱり資本主義の流れに乗せることでできることは大きい。一方で、だからこそ出来ないこともたくさんあるな、とも。 ヨーゼフボイスというアーティストが提唱するコンセプトに「社会彫刻」というものがあります。
雑に説明すると、「芸術こそ進化にとっての唯一の可能性で、人間みんなアーティストだし社会を変革することができる存在。その中で拡張された芸術概念として、アートや政治、ビジネスや学問など様々な分野で社会を彫刻していこうぜ」という話。 僕自身も社会を自分が望む在り方として彫刻するために起業したし、今も事業を作っています。
一方で、その限界もあります。例えば、5年前から投資家として(あるいは経済学を学ぶ学生として)触ってきた仮想通貨。その技術が創り出すであろう未来を確信し、CoinOtakuを立ち上げ、国内の仮想通貨投資の発展に少なからず寄与した自負はあります。(↓懐かしのホームレス時代) しかしながら、僕が当時夢想した世界観に到達するまでにかかる時間は思った以上に長かったし、僕自身も未熟だった。 まだ決済にbitcoinが使われるようにはなっていないし、クリプト系のゲームがヒットしているわけでもない。 魔王を倒してもらえるアイテムを日本円に替えて生活していける世界、「ゲームばっかりしないで現実を見なさい!」と親から言われない世界には、まだまだ到達していないわけです。
一方で、その世界を想像させることはできる。 そのポテンシャルを秘めているのが、アートであり、デザインなのです。 デザインを、物事の可能性を”思索”するために用いる「スペキュラティブ・デザイン」という分野があります。その中でよく語られる概念としてPPPP図があります。
これは、現在”Present”に対して、潜在的な未来を現在から未来に広がる4つの円錐に分類しています。 起こりうる”Possible”未来、 起こってもおかしくない”Plausible”未来、 望ましい”Preferable”未来、 起こりそうな”Probable”未来。 基本的なビジネスや商業的なデザインは、Probableな未来の領域を念頭に作られています。
一方で、もっと現実離れしたPlausibleな未来やProbableな未来を思索し、今とは違う政治や経済の未来を想定することによって初めてPreferableな未来、あるべき社会を措定できるのではないか、ということです。 デザインやアートは、多かれ少なかれ未来に目を向けるものです。 そして良くも悪くも、ビジネスと比べ資本主義に結びつく必然性が薄い。 だからこそ、現実からぶっ飛ばした未来予想図から、改めて現在の写像を創り出すことができるのではないか。 そしてその未来と現在の中点に事業を作れば、今の僕の力では成し得ない、アートでもビジネスでもギリギリ届かない新しい形の社会彫刻ができるのではないかという仮説です。
仮想通貨やブロックチェーンが世界に浸透した結果、あらゆるものの価値が可視化されたら、子どもが宝物にしている泥団子はどうなるの? 広告が氾濫している世界の中でもし嗅覚が優位になったとしたら、 渋谷の夜はどうなるの? 価格が高騰し続けるアートマーケットで、もっとも価値がつくべき作品は?
このような、自分が事業としても扱う領域において、スペキュラティブデザインの文脈に載せた作品を作ってきたし、これからも作り続けることで、未来と現在の中点に望ましい形を見出していきたいと考えています。
以下が研究計画書に書いた内容です。
下山くんPF Pre-Face-1

①自己、物語、天命の解体と再構築

「何のために生まれて何をして生きるのか」という問いに対して「わからないまま終わる、そんなのは嫌だ」と答えたのはやなせたかしの有名な歌だ。近代的個人、あるいは青年期にありがちな悩みとして同じ問いに絡め取られた私は、大きく2つの方向性でその答えを見出そうとした。 一つは共同体の公約数的な大きな物語に依って立つこと。進学校から東大に進学、起業して事業を売却することで富を成すといった試みを20代前半のうちに終えたのはひとえに「欲望される欲望」を満たすとどうなるのかという実験であった。 もう一つは、天命を自らに与えること、あるいはその環境を作ること。カトリックの中高で育つ過程で、いわゆる神秘体験(祈祷中に啓示を受ける直前の感覚を味わい、いま何かを命じられればそれを天命として人生の目的にできてしまうかもしれないという感覚)を経験したことから、主体的に天命を自らに与える/デザインする体験は作れると確信した。以来、樹海での山籠りやインドでの瞑想修行、無人島でのサバイバルなどで、その可能性を探ってきた。 上記の2つの方向性で人生に意味や価値を付与しようとする試みは、結果として成功に至っていない。”欲望される欲望”を満たすことはさらなる大きな挑戦と物語を自他から要請され続け、終わりがなかった。また、天命を自発的に作り出そうとすること自体の構造的な矛盾も超克できていない。 世界に対する没我的態度を理によって獲得することの限界に向き合わなければならない。近代化・都市化が進み共同体の大きな物語は希釈されている。個人は異なる複数の共同体に属し、それぞれで理想化された物語を生きようと試みるが、身体が一つしかない以上、それは分裂を必然的に意味する。 今後は、自己を構成する複数の共同体の物語を解体・調停するような、没我的に世界と向き合う契機をもたらす神秘体験をデザインすることの可能性を模索したい。その苦闘のプロセス自体も表現の対象だ。そこには、近代的な我-理性だけではなく、天-感性(あるいは霊性)のような、超時代的な視点を持ち込みたい。このような体験のデザインを追求していくことが自身の物語を解体し構築することに繋がることはもちろん、近代的価値観を内包することで応える先を失い苦しむ人々にとっても、意義があるのではないだろうか。

②社会彫刻とビジネス、アート、サイエンス

未来とはどのように訪れるのだろうか。世界は人類の数多の営みによって分岐してきた。相対性理論の発明、車の普及、あるいは核兵器の開発。いくつかの結節点が私たちの記憶には残っている。歴史上には時代の転換点を創り出した傑物の名前のみが刻まれるが、未来とは彼らの突出した才覚のみによって実現されてきたのだろうか。 そんなはずはない。あらゆる分岐の中で彼らよりも前に、もしくは彼らと共に時代を動かそうと価値を出していた存在がいるはずだ。時代に受け入れられなかった者、表現できなかった者、そもそも未来を変えることに関心のなかった者。ありうべき未来を措定した人達が、社会を彫刻することができなかったのは何故なのか。 思うに、社会を彫刻するための彫刻刀を正しく持つことができなかったからではないだろうか。未来とは、頭の中で思い描くだけでは実現しない。世界とは自己と切り離されていて、働きかけることによってのみ未来は実現の可能性を帯びる。 それでは、ここ数十年において大きく社会を彫刻したものは何だろう。一編の論文、一角の政治家、一冊の本。様々なものが互いに作用しあい社会を彫刻してきたが、私はビジネスに伴う変化こそがもっとも爪痕を大きく残したと思う。資本主義の世界の中で、スマートフォンが生まれたからこそ、SNSが生まれたからこそ、世界はこうも様変わりした。故に、資本主義の流れを上手く活用する術を身に付けることは彫刻刀を手にする一つの手段だ。起業し、4年に渡り会社を経営してきたのもそう考えたからだ。 一方で、事業では手が届かないこともある。例えば、仮想通貨が世界を変えると信じ、創業した”CoinOtaku”。この会社は仮想通貨投資市場を健全にすることに寄与し、営業利益も1億を超え、上場企業への売却を果たすなど、ビジネスとしては成功を収めた。しかしながら、思い描いた未来の実現は半分も出来ていない。Satoshi Nakamotoの論文でblockchainの概念に触れ、ハイエクの著書からbitcoinが社会に受容される未来をイメージできた高校生の頃の予想図とは異なり、世界は変化がしなかったのだ。 時間・空間共に断絶された世界での概念や理論を構築すること、人間の感覚器官と妄想を信頼し、そこからルールの脱構築と再構成を繰り返すこと。あるいは、再生産される需要とその供給を貨幣経済が繋ぐこと。サイエンスやアートだからこそ実現できること、ビジネスだからこそ実現できることがあり、それぞれの垣根は大きいということを痛感した。だからこそ、それらの往還を自在に出来るようになりたい。未来の社会を彫刻するための彫刻刀を何本も持ち、自在に創り上げる。 思うに、人類のイシューはもう3つしか残っていない。認知する主体が存在するからこそ世界が存在する。そしてその主体を存在させるには太陽と地球が消滅する前に宇宙への植民を可能にすること、それまでに鉱物エネルギーに依存しないエネルギー収支を実現すること。あるいは、人類が個体の死を乗り越えること。これらの実現/実現した社会で発生する諸問題の解決を様々な彫刻刀を使って実現したい。
========= 第3回はここまでです。 もし僕と一緒に働いて幸せを大きくしていく意思に賛同してくれるひとがいたら、ぜひ連絡ください。 note:https://note.com/korokke0508/ senjinのホームページ:https://senjinholdings.com/ senjinの中途募集: https://tenshoku.mynavi.jp/jobinfo-305264-4-1-1/