この投稿はsenjin holdings取締役の増田がどのような人生観で生きているかを記したものです。闘病生活の中で感じたことを全3回に渡って記していきます。
もしこの価値観に共感してくれる人がいたら連絡ください。一緒に仕事したいです。
**蕎麦に命を救われたことがあるのは、世界で僕くらいじゃないだろうか? **

高3の夏、学校から2駅隣に1kgの蕎麦を500円で食べれるお店ができた。
新しいものが好きな僕はすぐさま友達と蕎麦屋に向かった。ワサビやら胡椒やらをふんだんに使い、味をこまめに変えながらなんとか1kgの蕎麦を完食。これが僕の人生を大きく変えた。
その日の夜、裂けるようなお腹の痛みで目を覚ます。我慢しようとしても唸り声が出てしまう痛さに「もう一生蕎麦食わん、もう一生蕎麦食わん」と唸りながら蕎麦を呪う獣になっていた。
次の日もその次の日もお腹の痛みは消えず、流石に何かがおかしいと感じて病院に行ってみた。そこで腹痛の原因がガンによる腫瘍だと告げられた。
ガンだと聞いたときの最初の感想はショックとかではなく、「やっぱりこの腹痛は気のせいじゃなかったか!ただの便秘だったら恥ずかしいからよかった!」という感想だった。
そんな楽観思考の僕が想像もしていなかった闘病生活がそこから始まる。幸いにも蕎麦がつまってくれたおかげで比較的早い段階でガンを発見できたおかげでなんとか今も生きている。かくして僕は世界初、蕎麦に命を救われた人間になったのだ。

1.人の生きる意味は、与えられた役割を果たすこと。

ガンが発覚してその日のうちに緊急入院が決まると、いよいよことの重大さがわかってきた。人生初の手術。目が覚めるとicu(集中治療室)にいる。食べ物は全て流動食。病室に戻って抗癌剤治療について説明される。抗癌治療が始まると2回目の投与くらいで髪が抜け始め、しばらくしたら完全なツルツルに。(結局大学1年の6月くらいまでずっとカツラで過ごしていた。これを知らない同級生も多いはず)。
抗癌剤投与のたびに吐き気が強くなる。(今でも病院の匂いを嗅ぐだけで勝手に嗚咽する。投与の前によくおにぎりを食べていたので、ある日から突然おにぎりを食べるだけで吐き気がしてしまうこともあった。)
あまりのペースでドラマでしか見たことない内容が次から次に起きるので「あ、これは死ぬかもしれん」ということを実感した。死亡率について調べようとも思ったが、怖くなって手を止める。高3の一番大事な時期に入院。(結局高3の1年間の1/3を病院で過ごすことになる。)中学からなんとなく東大に受かるつもりだったけどそれどころではない。生き抜けるかもわからないし、生き抜いても想像してた成功ルートは絶望的。歩けないし暇なのでひたすらボーッと外ばかり眺めていた。
ある日担任の先生が病室を尋ねてくれた。クラスのムードメーカー的な存在だったので「増田くんがいなくてクラスのみんなも寂しそうですよ」と伝えてくれた。嬉しかった一方で、ふと「僕が死んだらクラスはどうなるんだろう?」ということを考え始めた。1ヶ月たって僕のことを思い出す人が何人いる?1年たったら僕のことを思い出す人が何人いる?僕が突然死んだとしてもクラスは僕以外の誰かがムードメーカになって同じように回り続ける。漠然と自分はクラスの大事なピースだと思っていたけど、全くそんなことがない。自分が与える影響力のなんと小さなことか。
僕は東大に行ってコンサルに入っていっぱい稼いで世界を引っ張っていくんだ!と勝手に思っていた。なんかすごいやつになると勝手に思っていた。でも僕が担うはずだった役割は単に世界から与えられただけであって、その役割は誰であってもいいんだ。世界の重大なピースだと思っていた自分は本当に本当にちっぽけな存在だった。
そんな時ふと古代ギリシャの哲学者エピクテトスの言葉を思い出した。
"記憶しておくがよい。君は演劇の俳優である。劇作家が望んでいる通りに、短編であれば短く、長編であれば長い劇を演じる俳優だ。作家が君に物乞いの役を演じてもらいたければ、そんな端役でさえも君はごく自然に演じるように。足が悪い人でも、殿様でも、庶民でも同じこと。君の仕事は、与えられた役を立派に演じることだ。その役を誰に割り振るかは、また別の人の仕事である。 ーエピクテトスー"
世界には様々な役割がある。クラスを盛り上げる役割、朝ごはん作る役割、会社で広告を回して利益を出す役割、家で怠惰な生活を送る役割。
全部が全部、ただの与えられた役割であってそれを演じるのは誰でもいいのだ。ただ与えられた役を精一杯演じることだけが舞台に立つ(世界に生きる)意味だ。まだ自分の役割がわからない人は「役を探す人の役」をしてるだけだから焦らなくていいし、役は常に複数持つはずだからすでに持ってる役だけを精一杯演じていればいい。一生懸命人生に向き合うことだけに生きる意味があるのだ。
この考えは退院した後も付き纏うことになる。大学に入って留年した僕は友達の誘いでseoの会社でインターンを始めた。seoに適性があったのか、半年後にはかなり大きなkwで1位を取れるようになり、おそらく僕が書いた記事だけで月に1,000万円くらいは売り上げていたと思う。
▼そのときの話をまとめたnote https://note.com/yoh_masuda/n/n8a82777bda7b

このときの僕は「seoの記事が書ける人」を演じていただけだったのだ。僕よりその役割を上手に演じることができた人はそんなにいなかっただろうし、上手に演じ切ったこと自体はとても素敵なことだと思う。だが、自分が偉い・すごいはとんだ思い上がりだということに気がつけた。
まとめると...
**・人はちっぽけだがそれぞれ何かしらの役割を持っている。


・人の生きる意味はその役割を一生懸命演じきることにある。


・演じる役に優劣はなく、その成果にも優劣はない。**


===== 第一章はここまでです。

もし僕と一緒に働いて幸せを大きくしていく意思に賛同してくれるひとがいたら、ぜひ連絡ください。 twitter:https://twitter.com/Yoh_Masuda senjinのホームページ:https://senjinholdings.com/ senjinの中途募集: https://tenshoku.mynavi.jp/jobinfo-305264-4-1-1/