北九州市八幡東区は、1901年(昭和34年)に官営の製鉄所ができ、第二次世界大戦後、日本製鉄八幡製鉄所時代になってから発展しました。
初めまして、福原材木店の福原です。
北九州市八幡東区で、ずっと材木店を営んできた弊社は、時代と共に商売の売り方を変え、売るものを変え、130年という歴史を作ってきました。
少しだけそんな北九州市八幡東区のまちと材木店についてお話しさせてください。

福岡県北九州市八幡。
このまちにある製鉄所は、第二次世界大戦後、働き手が多くこの地に足を踏み入れ、急速に発展したといわれます。
今では「鉄のまち八幡」と呼ばれるほど、世界的にも有名な地域へとなっていったのです。

仕事を求めて多くの人々がこのまちに移住し、仕事があれば人が集まり、人が集まれば家が建ちます。家が建てば材木屋が繁盛するという古き良き時代でした。
しかし、時代の変化と共にまちも仕事も変化していきます。
人口減少、少子高齢化、地方過疎化、空き家空き地、職人不足・・・。
そして、今のコロナショック。


これによって郊外需要や国内回帰と言ったキーワードが注目され、リスタートをきるべきタイミングが生まれました。
そう、今だからこそ、地産地消を徹底し、地元企業が活躍するチャンスが生まれたと捉えるべきだと考えました。
地元が衰退すると企業も衰退します。
そこで130年を迎えた私たちが考えたのが、「まちづくり」に参加すべきだという目標。

材木屋がまちづくり??

と思うかもしれません。

でも、大昔、材木屋には情報を求めてあらゆる人々が集まってきていたのです。
材木屋は「まちの情報発信の場所」と言っても良かったのかもしれません。

もう一度そんな時代の材木屋としての役割を担うべきだ。と私たちは「らしからぬ」ことを計画しています。


「楽しい」からこそ「建築」という仕事が続けられる。
そんな工夫を日々している会社です。

私たちはそんな会社で一緒に働いてくれるメンバーを募集しています。
ぜひ覗いて見てください。

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福原でした。