第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.40ジャズボーカリスト 小林 桂
好きなものは変わらない
Heroes File Vol.40
掲載日:2010/11/26
日本を代表する男性ジャズボーカリスト、小林桂さん。両親も祖父もジャズミュージシャンという家庭に育ち、15歳でボーカリストとして活動を開始。20歳のメジャーデビュー以来、ジャズ界では異例の大ヒットを次々と記録してきた。そんな彼も30代に突入。自身のレーベルを立ち上げ、今また、新たな境地を開拓しようとしている。
Profile
こばやし・けい 1979年東京都生まれ。15歳からライブシーンで活動を開始し、20歳でメジャーデビュー。2010年、自身のレーベルtwinKle noteをスタート。11月17日に新アルバム「SCENES」を発売。同時に、18歳の時の幻の名盤といわれる「P.S. I Love You」も再発売。
3歳から映画の世界が好きだった
甘く軽やかな歌声で多くのファンを魅了しているジャズボーカリストの小林桂さん。
両親も祖父もジャズミュージシャンという家庭に生まれ育った。物心ついた頃から家にあるレコードを片っ端から聴いていた。同時に映画やライブ映像のビデオもよく観(み)ていたという。
「両親がライブに行っていて留守が多かったので、洋画ファンの祖母と一緒に。超早熟な子供で、3歳でもう『酒とバラの日々』を観ていました。幼稚園の時には『ひまわり』にハマって(笑)。なぜ夢中になったのか自分でも不思議。たぶん、美しい映像と共に切ない旋律が流れる、あの世界観に純粋に惹(ひ)かれたんでしょうね」
新作アルバム「SCENES」は、そんな、小さな頃から好きだった映画のテーマ曲などを集めて出来上がった。「ちょっと聴いただけで映画のシーンが思い浮かぶような名曲もあれば、最近の映画で意外な使われ方をしていたスタンダード曲など、いろいろと織り交ぜた選曲になっています」
それに今回、18歳の時にインディーズレーベルでリリースした幻の名盤といわれるアルバム「P.S. I Love You」も同時に再発売した。
「CDは記録。スナップ写真のアルバムを久しぶりに眺めている感覚で、改めて聴きながら、当時は多くのミュージシャンから声をかけて頂きうれしかったなあとか、とにかくジャズが楽しくてしかたなかったなあと、しっかり思い出に浸りました。あの頃の年齢でしか出せない勢いみたいなものも感じましたね」
100曲の録音を超えた時点で露出を控えた
18歳、その頃すでに小林さんは時の人だった。20歳でのメジャー・デビュー・アルバム「SO NICE」はベストセラーとなり、「天才ジャズボーカリスト」として、ジャズを知らない世代までも多くのファンを取り込んだ。
「立て続けにアルバムを出して、その上プロモーションやツアーもあって忙しかったですね。多くの人に僕の存在を知って頂き、曲を聴いてもらえるのはうれしくてたまらなかったし、最初は無我夢中で走り続けていた。でもあまりに目まぐるしく状況が変わるので、次第にそのペースについていけなくなって。そのうち、ジャズを歌う人間がそんなに先を急ぐこともないかなって」
23歳の頃、100曲の録音を超えたら、その時点で一度制作活動や露出を控えていこうと決めた。自分のペースを取り戻すためクールダウンしたかった。小さなライブだけコンスタントに続け、20代ですべきことを終えたら改めて始動することにした。
ジャズは時代を選ばず人の心に残る音楽
30代になった小林さんは、自身のレーベル「twinKle note」を立ち上げ、今年1月、5年ぶりとなるアルバム「JUST SING」を発表。これを機に再び制作活動を開始したことになる。
「仕事のペースを抑えた5年間は有意義な時間でした。落ち着いてライブができるようになったし、人の意見も素直に聞けるようになった」
ある先輩ミュージシャンに「日本はまだ男性のジャズボーカルが少ない。だからこそ君は、ジャズを様々な世代へ広げていく役目を担っているんだ」と言われた。
「そうか、頑張らなくちゃって(笑)。実は自分のレーベルを立ち上げたのも、これまでの経験を生かして新しい人材をプロデュースしたいと思ったから。そんな考えが芽生えたこともすごく新鮮です」
また、心底ジャズが好きで、そんなジャズを人前で歌うことが一番の幸せであり、喜びだと思えるようになった。
「ジャズは自分の感覚がそのまま出てしまう。同じ曲でも人それぞれの色が出る。そういう自由さが僕は好きなんだなって再認識できた。とくに僕の好きなスタンダードは、世の中がどんなに変わっても時代を選ばず人の心に残っていく。そのすごさも、ゆっくりジャズと向き合ったことで分かった気がします」
ライブには親子三代で来てくれる人たちもいるそうだ。確かに、これほど幅広い世代に支持される音楽も珍しい。
ステージに立つ絵をひたすら描いていた
実は幼い頃はジャズよりもミュージカルに惹(ひ)かれ、歌い踊りまくっていた小林さん。当時は、ステージに立っている自分の絵を何度も飽きることなく描いていたという。
「今も常に目標があって、それを実現した時の自分をずっと想像しています。そこに突き進むことしか考えていないから、多少つらいことがあっても吹っ飛んでしまい、すぐに忘れてしまう。そういう性格は昔から。僕の性格も趣味、嗜好(しこう)も3歳から一切変わっていないんですよね」
中学3年の時、周囲は「高校ぐらい行きなさい」と言った。だが、学校へ行く時間があるなら自分の好きなことがしたいと思い、結局高校へは行かずアメリカへ渡った。
「自分の意志で行動したことなら、どんな結果が出てもしかたないと思っているんです。だから迷わず好きなことができるのかもしれません」
これからも、スタンダードの持ち味を生かしつつ自分ならではのサウンドを追求し続けたいと語る。ソフトなボーカルの向こうに、職人気質が垣間見えた。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
舞台の裏方でしょうか。僕は今、舞台に立つ側でお仕事させてもらっているのですが、その裏側で働いている方々は本当に生き生きしていてかっこいいなと、いつも思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
幼い頃に読んだ、ウォルト・ディズニーの伝記です。好きなことを追求するためなら、つらい時代も乗り越えていかなければいけないのだということ、また、そのために必要な精神力はこの本で学んだ気がします。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
時計です。僕はマイクを左手で持つのですが、袖の隙間からチラチラと時計が見え隠れする感じが好きなんです。いくつか持っている時計をステージのたびに変えて、そんな感覚を楽しんでいます。
Infomation
11月17日にニュー・アルバム「SCENES」リリース
「P.S. I Love You」も同時に再発売
映画のテーマ曲を集めたシネマ・ジャズ曲集「SCENES」。「子どもの時から大好きな名画を始め、意外なシーンで使われていて僕が感激したスタンダード曲など、新旧織り交ぜてセレクトしました」と小林さん。また同時に、18歳の時の貴重な記録を収めた「P.S. I Love You」も新パッケージとマスタリングで再発売。18歳と31歳、それぞれの小林さんの声を聞き比べて楽しめる。
「SCENES」
価格/¥3,000(税込)
発売元/ポニーキャニオン
「P.S. I Love You」
価格/¥2,000(税込)
発売元/ポニーキャニオン