第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.73演出家/映画監督 松居大悟
自信のなさがエネルギー
Heroes File Vol.73
掲載日:2012/4/13
大学在学中に旗揚げし、2011年末に活動を休止した演劇ユニット「ゴジゲン」で、全作品の作・演出・出演を手掛けてきた松居大悟さん。2012年2月には映画監督デビューを果たすなど、活躍の場を一気に広げている。次代を担う若き旗手としての呼び声も高い松居さんに作品づくりに対する今の気持ち、常に目指しているものについて伺った。
Profile
まつい・だいご 1985年福岡県生まれ。慶応義塾大学在学中に演劇ユニット「ゴジゲン」を旗揚げ。2009年「ふたつのスピカ」(NHK)でドラマ脚本家デビュー。12年2月公開の映画『アフロ田中』では初監督を務めた。脚色・演出を担当する舞台「リリオム」が12年5月25日(金)から東京・青山円形劇場にて上演される。
不器用な人間に心引かれる
約100年前の名作戯曲「リリオム」が東京の青山円形劇場で上演される。脚色・演出を手がけるのは松居大悟さん。今年映画監督デビューし、演劇だけでなく映像界からも注目される気鋭のクリエーターだ。
「気持ちが高ぶると愛する人にも手を上げてしまう男リリオム。その不器用な生き方にシンパシーを感じたし、作品全体に流れる人間本来の優しさに心を揺さぶられました」
松居さん自身も不器用だった。子どもの頃から人とコミュニケーションをとるのが苦手で、「用がないのに人を誘うなんて、何だか申し訳なくてできなかった」と言う。そのくせ一人でいるのも嫌い。誰かにかまってもらいたくて、大学では演劇サークルに入った。それが演劇との出会いだ。
「サークルに所属しているだけで『脚本を書いて』『打ち合わせがあるよ』と声をかけてもらえる。それがうれしかった。今もその感覚は若干あって、誰かにかまってもらいたくて芝居をやっているようなところもあります」
卒業間近に、演劇ユニット「ゴジゲン」を結成した。就職活動も少しだけしたが、自己PRができなくて挫折。そのまま演劇を続けた。幸いにも「ゴジゲン」は、自らの劣等感を笑いへと昇華させる作風が評判を呼び、順調に動員数を伸ばす。同時に松居さんは自主映画の製作にも取り組んだ。こうした活動の中で一貫してきたのは「不器用な人間を描くこと」だった。
頑張らない生き方もある
「僕自身、何をやってもダメな、イケてない青春時代を過ごしてきました。でも、そういう人間のダメさ加減も肯定したい。世の中うまくいかないことも多いけれど、だからといって変に頑張ろうとか、前向きに進もうとかって言う必要はないと思っているんです」
例えば自身の監督映画『アフロ田中』で、主人公は空回りしてばかり。頑張っていないし、どうしようもない。それでも基本的には友だち思いのいいヤツで、人生だって楽しんでいる。そんな生き方をそのまま描きたかったと松居さんは言う。
「『リリオム』も、こういう人間の不器用さを肯定している。そこにすごく共感しました」
とにかくコンプレックスの塊。何をするにも自信がない。
「でも最近、この自信のなさが僕のものづくりのエネルギーになっている気がして」
自信がないからこそ、舞台の稽古や映画撮影に入るとずっとそのことだけを考える。一点に集中したくて、場合によっては恋愛も捨てる。人生の楽しみが作品に吸い取られている気がすると笑うが、それを続けているからこそ、今があると感じているそうだ。
人を信じることで作品は大きくなる
26歳で、演出を手がけて映画監督もこなす。順風満帆に見えるが、「つらいことも多いし、いつも余裕がなくて必死です」と話す松居大悟さん。実際、一生懸命書き上げた脚本をテレビ局のディレクターに目の前で破られたこともある。
初監督映画の撮影も、最初は苦労の連続だった。スタッフとのコミュニケーションが全くうまくいかなかったのだ。
「僕の絵コンテは見向きもされず、こう撮りたいと言っても『普通の映画はこうだ』と一蹴されたりする。辞めていくスタッフもいて泣きそうでした」
そんな時、主演の松田翔太さんが松居さんに「これは監督の映画なんだから、やりたいようにやろうよ」と言ってくれた。「彼にそう言わせてしまって悪いなと思ったし、でも確かにそうだなと。それからは何を言われても開き直って自分の意思を伝えるようにしました」
すると次第にスタッフも話を聞いてくれるようになり、雰囲気も良くなっていく。気心が知れてくると、スタッフから自分では到底思い浮かばないようなアイデアも次々と飛び出してきた。
「この現場では、自分の感覚を信じることの大切さや、人を信じ、頼ることの大切さを改めて学びました。スタッフの提案を受け入れると、作品がどんどん大きくなっていく。そのことにも気づき、次の舞台演出では今まで以上にスタッフに頼るようになりました」
一人のクリエーターとしてどこにでも関わっていく
2011年暮れ、「ゴジゲン」の活動をいったん休止した。「悔いのない作品ができた」というのが大きな理由だが、休止したお陰で、これまでの劇団ありき、という縛りがなくなり、一人のクリエーターとして多くの人たちと本気でものづくりをしたいという気持ちが強まった。
「映像と舞台のどちらかに絞るという発想はなく、面白い作品があったらそれが一番輝くような手法と媒体でつくりたい。新しいことしかしたくないんです。考え方もまた変わるかもしれないけれど、今はそう思う。一方で、面白いものをつくっていないと次につながらないという不安もあって。そこのところの気持ちのバランスがなかなか難しいのですが」
ただ、創作の根本にあるのは「優しさ」だ。「もちろん、たくさんの人に観(み)てほしいのですが、同時に、明日自殺しようと思っていた人が、僕の作品を観て、ま、死ぬのは来週か再来週にしようかなと思ってくれたらいいなって。それはずっと変わらない思いです」
つらかった時、自分を救ってくれたチャプリンの映画が究極の目標。「本当はあんな風に余裕を持ちたいんだけど」と苦笑いしつつ、今日も全力で創作に向かっている。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
喫茶店のマスター。そもそも喫茶店が好きなので。ロッジみたいな店でジャズが流れていて、常連が来たらカレーを出す、みたいな(笑)。僕は寡黙で常連ともあまり口を利かない、そんな感じにあこがれます。
人生に影響を与えた本は何ですか?
岡本太郎さんの「自分の中に毒を持て」(青春文庫)。高校時代読みました。悩んだ時は厳しい方を選べといったようなことが書いてあり、そういった考え方にとても触発されました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ミンティアの一番辛い「ドライハード」。撮影中や稽古中は1日20~30個くらい食べるので、お腹がゆるゆるになります。でも、口に入れると、気分が落ち着かない感じになって、それがいいんです。
Infomation
松居大悟さんが脚色・演出する舞台
青山円劇カウンシル♯5~true~「リリオム」
不器用な男の一生と、彼の言葉にできぬ想いを描いた「リリオム」は、モルナール・フェレンツによって書かれた戯曲で、ミュージカル「回転木馬」の原作としても有名だ。今回は「青山円劇カウンシル」シリーズの第5弾として、松居大悟さんの脚色・演出で上演される。2012年4月にメジャーデビューのバンド、クリープハイプの尾崎世界観がテーマ曲を書き下ろすことでも話題となっている。
「死ぬほど優しい作品。このキャストにしかできない『リリオム』をぜひ楽しんでもらえたら」(松居さん)
「リリオム」
公演/2012年5月25日(金)~6月3日(日)
会場/青山円形劇場
原作/モルナール・フェレンツ
脚色・演出/松居大悟
出演/池松壮亮、美波、中山祐一朗、山田真歩、津村知与支、中川晴樹、東迎昴史郎、武田杏香、銀粉蝶他
問い合わせ/ゴーチ・ブラザーズ 03-6809-7125
公式サイト/ http://www.nelke.co.jp/stage/liliom/