第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.80脚本家/小説家 戌井昭人
解体から、芝居を始める
Heroes File Vol.80
掲載日:2012/7/27
劇団を主宰する一方、小説家としても活躍する戌井昭人さん。主宰する鉄割アルバトロスケットでは、一風変わった短い芝居で観客の心をかき乱す。一方、小説に描かれる、情けなくも決して惨めでない登場人物たちには共感する読者も多い。独自の演劇スタイルを確立するに至るまでの紆余曲折や、作品として人に魅力を伝えるためにどんな視点で人やものを見ているかなど、にぎやかに語ってくれた。
Profile
いぬい・あきと 1971年東京都生まれ。95年玉川大学文学部で演劇を専攻し、卒業後文学座付属研究所入所。翌年研究生に昇進するも退所し、97年「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げ。小説『まずいスープ』『ぴんぞろ』「ひっ」で3度芥川賞候補に。2012年10月4日(木)からの舞台「季節のない街」(会場:あうるすぽっと)の脚本・演出を担当。
予定調和な芝居ではない伝わるパフォーマンスを
舞台上で水や物が飛び散り、時々人間も飛ぶ。まるで嵐の一瞬を切り取ったかのような、一演目数分のパフォーマンス。同公演を行う集団、鉄割(てつわり)アルバトロスケット(鉄割)の主宰者が、戌井昭人さんだ。先日も芥川賞候補に挙がった作家でもある。
このユニークな演劇スタイルのきっかけに、ニューヨークで詩の朗読大会に参加した大学時代の経験がある。
英語はあまり話せなかったが、身ぶりを交え勢いで「般若心経」を朗読すると、なぜか異国の観客が沸いた。その時、長い物語を意味ごと伝えずとも、動きの伴う短い芝居でも十分伝えられるものがある、と現在の鉄割につながる手応えを感じたという。「予定調和な物語は壊した方がいいなと。ただの楽しそうな芝居になり始めると、今も舞台袖から物を投げたりします」(笑)
戌井さんが、「壊す」芝居を目指す最初のきっかけともなったのは、大学4年次のとある演劇の授業だった。「ただセリフを読んで考えるそれまでの講義とは違い、自分たちで戯曲を解体していくものだったんです。登場人物たちの心の動きを読み取ると、作品がぐっと近づいてきて興奮しました」
卒業後、文学座の研究所に1年ほど所属したのち、自分のやりたい演劇をやるなら今しかないと退所。文学座で出会った友人と「じゃあ、来月には公演をやろう」と、いっときも待てずに場所探しを始めた。
町内のおばちゃんも大学教授も公演を観に来た
東京の根津を歩いて探すうち、ある公民館にたどり着いた。「そこの管理人さんが、また無愛想なおじいさんで(笑)。その風情に魅せられ、即決でした」。だが公演の先例がないため、場所代の交渉も舞台づくりも全て一から。「しかも始まれば例の激しい芝居だから、物を壊してはよく怒られました。それでも町内のおばちゃんたちが『使いなよ』って古着を持ってきてくれたりもしましたね」
彼らを構わずにいられなくなるのは町内の人々だけではない。「何回か公演をやり、著名人を呼んでみようということになったんです。それで翻訳家で大学教授の柴田元幸さんに手紙を書きました。柴田さんは著書に甘い物が好きとあったので『お団子つきます』って誘い文句を添えたりして(笑)。すると2回目の手紙で観に来てくださり、以来ずっと。だから初めて小説を書いた時も報告に行ったんですね。そうしたら『実は私も小説を書いたらと勧めようと思っていた』と。柴田さんにはいろんな意味で影響を受けていますね」
今や作家としても脚光を浴び、その活躍は華々しい。「でも小説を書く前は鉄割すら辞めようと思い詰めてて……」。意外な一言が漏れた。
始めたことは、完全にだめになるまでやってみる
鉄割のショートコメディーのような演劇スタイルは、公民館で始めた頃から変わらない。自分がやりたい演劇をやる、そう決めて戌井昭人さんはメンバーを引っ張ってきた。
だが数年前に、ふと迷いが生じたことがある。このままでいいのかと焦りが募り、就職を考えて父親に相談すると、「何言ってるんだ」と叱り飛ばされたそうだ。戌井さんの父親と言えば、最初の芥川賞候補作で、まずいスープを作りこつぜんと失踪してしまう人物のモデルにもなっている人である。「そんな就職経験もない父親に就職するなって言われたりしておかしな話なんですけど、でも中途半端な僕を見てむかついたんだと思うんです。自分でやると決めたことなのに『お前はそれで納得するのか?』って。それで、それならとにかく一度完全にだめになるところまでやり切らなくちゃなと」
鉄割を始めた頃、「ここでは自分が全て決めるから、みんなで意見を出し合ってやっていくつもりはない」と自信満々に宣言したこともあった。
「けど今になって分かるのは、このメンバーだからこそアイデアもまだどんどん浮かぶし、こうしてずっと続けてこられたってことなんですよね」
情けない人間に憧れる、と戌井さんは言う。彼の小説に登場する人物たちも、確かに少し情けなくて、だけど人と比べたりせず自分の価値観でひた走る。作者の温かいまなざしが透けて見えるようだ。
「でも俺、時々すごく冷たくなったりするってメンバーに言われるんです。多分それは、近づき過ぎないように距離を取っているからなんですよね。自分の立ち位置をしっかりと保っておかないと、好きなものに心惹(ひ)かれる感覚が鈍感になってしまう。だからフラットな目線は常に持っていたいんです。そして作品で表現する時は、いいな、面白いなと感じた部分を客観的な目でデフォルメする。ただのまとまりがいいだけの作品にはしたくないから」
劇場での公演でも、舞台に異質さを投入したい
2012年秋、鉄割を追い続けてきた劇場からのオファーで、戌井さんは舞台「季節のない街」の脚本と演出を担当する。
「原作者・山本周五郎の、高くも低くもないちょうどいい目線で人々を描くこの作品が好きで選びました。約10年ぶりの劇場公演なので演劇らしくしたいけれど、鉄割の異質さも投入しながら、観客がハッとするような緩急のある時間をつくり出したいですね」
どんな場所でも自分らしく壊し、積み上げる。その見事なバランスの上に、戌井さんの「伝わるリアリティー」がある。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
カメラの部品を組み立てる工場で働いているか、ピザばかり作っていたときがあってピザ屋にもなりたかったです。
人生に影響を与えた本は何ですか?
筒井康隆さんの『エロチック街道』(新潮文庫)ですね。秘境の温泉場とか実際にはない場所が本当に存在するかのように書かれているんですけど、そんな風に自分も妄想しながら田舎の村を歩いたりすると、自然とわくわくしてくる。ものの見方というか、イメージの膨らませ方を教えてもらった作品です。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
あんこですね。饅頭とか、甘いものが好きなんです。でも甘いものといっても、チョコレートやクリームではだめで、あんこなんです(笑)。こしあんを食べると、特にやる気が出ますね。
Infomation
戌井昭人さん脚本・演出の舞台「季節のない街」が10月4日(木)より5日間公演!
黒澤明監督の映画『どですかでん』の原作としても知られる山本周五郎の小説『季節のない街』が、戌井昭人さんの脚本・演出で舞台化される。
「古典的な作品でと最初から考えていたのですが、人間がわさわさと出てくるこの小説は芝居にするとおもしろいだろうなと思って決めました。鉄割のメンバーも1人だけ出演するんですけど、舞台経験豊富な役者さんたちのなかに彼がボンッと入っていくことで、演出的におもしろい化学反応が起こせるといいなと思っています。ぜひ原作とセットで楽しんでもらえたらうれしいです」(戌井さん)
あうるすぽっとプロデュース「季節のない街」
公演/2012年10月4日(木)~8日(月・祝)
会場/あうるすぽっと
原作/山本周五郎
脚本・演出/戌井昭人
出演/江本純子、飯田孝男、中村彰男、金子清文、古屋隆太、宇野祥平、中島教知、伊藤麻実子、篠原友希子、池袋遥輝(子役)/坂口芳貞 他
問い合わせ/あうるすぽっと 03-5391-0516
公式サイト/ http://www.owlspot.jp/