第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.114演出家 小川絵梨子
未練が残らない道を選ぶ
Heroes File Vol.114
掲載日:2014/4/4
米国アクターズスタジオと言えば数多くの名優が輩出した名門。小川さんは同大学院の演出学科を日本人で初めて卒業した。そして2010年、日本での公演「今は亡きヘンリー・モス」で一躍注目を集め13年度にはその目覚ましい活躍によって数々の演劇賞を受賞。今、最も期待されている新進気鋭の演出家の1人だ。
Profile
おがわ・えりこ 1978年東京都生まれ。聖心女子大学文学部卒業後、渡米。2004年米アクターズスタジオ大学院演出学科卒業。10年に、翻訳・演出した舞台が小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。最新作は堤真一、瑛太らが出演する「ロンサム・ウェスト」で、5月3日(土・祝)~6月1日(日)に新国立劇場小劇場THE PITにて上演予定。
閉塞感をドライに描く翻訳劇に挑戦
演劇界でにわかに注目を集めている新進気鋭の演出家がいる。それが小川さんだ。
1978年生まれ。米国で演出を学び、2010年に舞台「今は亡きヘンリー・モス」で家族の愛憎劇を綿密な演出によって描いて高い評価を得た。その後数々の作品で着実に実績を重ね、13年度には主だった演劇賞を制覇している。
そして現在取り組んでいるのは「ロンサム・ウェスト」の翻訳・演出。英国の人気劇作家マーティン・マクドナーの代表作である。舞台は閉塞(へいそく)感に包まれたアイルランドの田舎町。登場人物は仲の悪い兄弟と、2人の仲裁を試みる神父、酒の密売で稼ぐ少女の4人。暴力的でダークな笑いに満ちたセリフの掛け合いの中に、おかしみと愛おしさを感じさせる作品だ。
「翻訳をしながら思わず笑ってしまうほど面白かった。天衣無縫でパワフルな作品です。シニカルでカラッとしたセンスの在り方も好き。人と関わるのはうっとうしいし、誰かに何かを言われてもすぐに自分が変わるわけでもない。でも、誰かと関わることで気持ちの一片が崩れることはある――といったことが非常に上手に描かれています。現代にも通じる傑作を、キャストと一緒に丁寧に表現できたらと思う」
10年後の自分を思い描き、演劇の道へ
小学校から大学まで一貫の女子校育ち。人前に出て何かをするのが好きだったということもあり、小学校から演劇部へ入った。最初は舞台女優になるのが夢だったが、高2で初めて演出を経験し、「こっちの方が断然面白い」と思ったという。「自分のアイデアで劇全体の世界観を作るのが楽しかった。テストの前でも勉強そっちのけで、あのシーンはどうしようかななどと考えるのが好きでした」
大学では心理学を専攻する。これが想像以上に面白く、大学院でこの学問について研究をする道もありかなと悩み始めた。そんな矢先、ニューヨーク(NY)に留学中の友人の所へ遊びに行く機会があり、街そのものに惹(ひ)かれて住んでみたくなる。それにNYには演劇学校がいくつもあることを知り、ここで演出を学ぶのもいいなと思った。
「心理学を続けたら、10年後にはそれなりの収入を得られるかもしれない。でも、演劇への未練がずっと残る気がした。反対に、演劇では10年後も食べていけないかも。それでも後悔はないと思えたので、演劇留学を選びました」
NYでの生活は楽しく、大学院での授業も充実していた。もう演出家以外の道は考えてはいなかったが、どうすればプロになれるのかは分からないままだった。
作品一つひとつがフリー演出家の生命線
小川さんは「20代後半が最も不安でしんどかった」と振り返る。大学院修了後もNYに残り、細々と演出の仕事をしていたものの、日本で活動する方法が分からなかったし、実際演出でやっていけるのか、先が見えなかったからだ。
しかしチャンスは訪れる。知人から俳優養成所の公演の演出を依頼されたのだ。しかもその公演を観(み)たプロデューサーから、サム・シェパード作の演劇「今は亡きヘンリー・モス」をやってみないかと声を掛けられたのである。そしてこの作品を機に徐々に仕事が広がっていく。
「でも、演出でやっていけると思えたのは昨年あたりから。劇団にも所属していないので、依頼されないと仕事は派生しない。仕事がなければ家にこもっているだけの人です(笑)」
決して安定した職業ではない。今が良くても来年は分からない。一つの作品を次への生命線としてつなげていくしかないわけだが、だからこそ一つひとつの仕事を大切にし、真摯(しんし)に向き合うと決めている。
目の前のことにひたすら集中する
演出を始めたのが米国だったこともあり、最初は日本の演劇界に対して臆するものがあった。しかし「いざ飛び込んでみたら、こんな私と一緒にやろうと言ってくれる役者さんやスタッフの方たちがいた。そのことがうれしかったし、安心して頑張っていけるようになりました」
また、現場で演出をしていると、自分の思惑とは違う想定外の方向へ芝居が進んでいくことがある。そんな時、以前は自分の意志や求めるスタイルを優先していたが、最近は変に力まず、肩の力を抜いて他の意見も受け入れるようになったという。「ただ全面的にではなく、私はやはりこっちの方がいいんだけどって思いながら(笑)。どちらがいいのかと葛藤し続けた方が、結果的により良い作品になることが経験を積む中で分かってきたので、あえて悩むようにしています」
そして、目の前のことに集中することも忘れない。稽古なら、本当に稽古だけに神経を集中する。
「そうすると邪念が消え、すごく自然体で楽な気持ちでいられます。ちなみに稽古中はつらいことがあっても気にせず、帰り道でへこむことにしています」
演出ももっと自由にやれたらと思う。だが、まだ格好をつけて失敗を恐れている自分がいる。それが課題だとも。「バットを思い切り振ってスカッと三振できる人になりたい。バントで自分を納得させていたらダメですよね!?」
自分の長所と短所をよく知っている。だからこそ伸びていけるのだ。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
何かの作り手か、もしくは頑張って心理学の道へ進んでいたかも。あるいは、何もせずその日暮らしだったような気もします(笑)。
人生に影響を与えた本は何ですか?
小学6年のころに読んだミヒャエル・エンデ作「はてしない物語」。読んで号泣したのはこの本が初めて。とにかくいろんな世界へ連れていってくれた。ああいう感覚がとても好きです。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
祖父母や大叔母、留学時代の恩師でアメリカの著名な演劇人ロイド・リチャーズなど、今はもう亡き人たちで、でも私が今もなお大好きで、尊敬してやまない人たちに「ちゃんと見ててね!」と心で呼び掛けます。
Infomation
シス・カンパニー公演 「ロンサム・ウェスト」
アイルランドにルーツを持つ英国の人気劇作家マーティン・マクドナーの代表作「ロンサム・ウェスト」を小川さんが翻訳・演出。荒涼とした侘しさ漂うアイルランドの田舎町を舞台に、仲の悪い兄弟と、2人の仲裁に入る気弱な神父、酒の密売で稼ぐしっかり者の少女という4人によって話は展開していく。暴力的なセリフとダークな笑い、絶望と閉塞(へいそく)感に満ちているのにどこか清らかな余韻を感じさせる作品。小川さんが本作をどんな切り口で攻め込み、どんな演出を見せるのか期待したい。
日程:2014年5月3日(土・祝)~6月1日(日)
会場:新国立劇場小劇場THE PIT
出演:堤真一、瑛太、木下あかり、北村有起哉
http://www.siscompany.com/west/