第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.140栄福寺住職 白川密成
「覚悟」は助けになる
Heroes File Vol.140
掲載日:2015/10/29
最近、書店には仏教にかかわる書籍が幾つも並んでいる。大半は仏教の教えを伝えるものだが、その中にあってちょっと異質なお坊さんの本と言えるのが白川密成さんの著書だ。自身の日常や悩み、苦しみを正直に描き、さりげなく仏の教えを伝えてくれている。読みやすく分かりやすい文章も人気の秘密である。
Profile
しらかわ・みっせい 1977年愛媛県生まれ。高野山大学を卒業後、地元の書店へ就職。2001年に四国八十八ヶ所霊場第57番札所・栄福寺の住職に就任。同年から08年までウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で執筆。それをまとめた著書『ボクは坊さん。』がロングセラーとなり、映画化された同名作品が現在上映中。最新刊『坊さん、父になる。』。
お坊さんのリアルな日常を描いた映画が誕生
愛媛県今治市の風光明媚(ふうこうめいび)な山あいにたたずむ四国八十八ヶ所霊場第57番札所・栄福寺。白川さんはこの寺の住職だ。そして、現在上映中の映画『ボクは坊さん。』の原作者でもある。
「実体験をつづったエッセーが、笑って泣けて心温まるエンターテインメント作品に仕上がっていてうれしかった。坊さんも一人の人間、壁にもぶち当たるし、心が折れることもある。そんな等身大の姿をありのまま伝えてくれているところにも感動しました」
この映画の面白さの一つは、日常の何げないシーンの中に時折「自分一人で自分なのではない。周りの世界があってここにある」などといった仏の言葉が登場することだ。
「ほかにも『近くして見難きは我が心』とかね。仏教には道に迷った時や悩んだ時に指針になったり、気持ちを晴らしてくれたりする言葉がいっぱいあるんです。仏教って身近なんだなってこの映画を通して感じてもらえたらと思っています」
小学生のころから「人はなぜ生きるのか」「なぜ死ぬのか」と考えることが多かった。
「ある時、そういうことを考えるのが坊さんの仕事だと気づき、がぜん興味が湧きました。自分の家がお寺だというのもチャンスと思えた。寺を継げと言われたことはなかったのですが、将来は坊さんになろうと決めていました」
とはいえ、世間知らずのまま坊さんになるのは良くないと考え、大学卒業後は地元の書店に就職した。その1年後、先代住職である祖父が急逝。映画で描かれたとおり、24歳で住職となり栄福寺を継ぐことが決まった。
「自分しかいない」という覚悟
「当初は住職として何をやればいいのかまったく分からなかったし、教えてくれる人もいなかったので不安でした。プレッシャーが大きくて苦しかった」
そんな白川さんを助けてくれたのは、「今、栄福寺の住職は僕なんだ」という現実だったと振り返る。「葬式でお経を唱えるのも亡くなった人に戒名をつけるのも、自分しかいないという状況が覚悟を持たせてくれた気がします」
そしてもう一つ、白川さんを勇気づけてくれたのがウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」だ。掲載されているさまざまな人たちの文章を読んでいるうちに元気が湧いてきた。「うれしくなって、思わずサイトを主宰する糸井重里さんにお礼のメールをしたんです」
それを機に同サイトで白川さんの連載が始まったのだが、「今までにうかがい知れないお坊さんの話だ」と多くの人たちに支持され、書籍化が実現。これが冒頭で紹介したエッセーで、そこから映画化につながったというわけだ。
忘れられない僧侶としての初仕事
四国八十八ヶ所霊場第57番札所・栄福寺。この寺の住職に24歳でなり、今年(2015年)で15年目を迎えた白川さん。
「仕事は葬儀や法事、朝のお勤めのほか、各所をきちんと保っていくのも大切なことなので毎日の掃除は怠らず、時には境内の整備も行います。そのほかにも縁日のお札配り、檀家(だんか)さんからの頼まれごと、お遍路さんへの対応など、毎日何かしらあって案外忙しいんですよ」
そんななか、今でも忘れられないのはやはり初めて僧侶として経験した葬式だと語る。
「すごく緊張しながらお鈴(りん)を鳴らし、お経を唱え始めた途端、その場がすっと厳粛な雰囲気に変わるのを感じました。そして、供養しながら自分が今、故人を送るという大切な儀式に立ち会っているんだと実感し、そのことが何だかとても誇らしく思えてきたのです。ああ、間違いなく自分のやっていることは意味のある行為で、役に立っているのだなと」
さまざまな経験を積み重ねるなかで、自分がこうしたいということよりも、人に喜んでもらえることをするほうが仕事は楽しい。そんなことにも気づかされたという。「仏教に『自利利他』という教えがあります。ここで言うと、自分の利を求めながら、他人にも利益を与えることと私はとらえていますが、まさにそのとおりで、他者の喜びと自分の喜びが触れ合う場所を探すことが、より仕事を面白くするコツだと思っています」
坊さんだって面白く生きたい
住職になって以来、一貫して実践してきたことがある。多くの人に、「仏教の教えを生きている間に活用してほしい」という思いを形で伝えることだ。そのために分かりやすい表現で仏教を語ったり、お寺に気軽に集まれるような場を作ったり、お寺オリジナルのTシャツを制作したり。
「仏教には人が道に迷った時、心の持ち方や生きるヒントになるメッセージがいっぱい詰まっています。それをポップな表現で伝えることで、仏教の本質を感じてもらいたい」
実は白川さんの父親は住職ではなく、教師。父が寺を継がなかったことに対しては反発したことはない。「自分の意思を大事にする人でフロントランナーになるのをいとわない。あの姿勢は生き方として見習いたい。尊敬しています」。どうやら父親から受け継いだスピリッツも白川さんの原動力になっているようだ。
今後は? と尋ねると、「以前、糸井重里さんが『今、坊さんであることに特別に強い意味を持たせないで、あの坊さんがいて良かったねというふうに、その場を楽しみながら過ごせたらいいですねぇ』という言葉をくださいました。そんなふうに生きていきたいな」と笑顔を見せた。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
小学生のころに魚屋になりたかったせいか、今でも気持ちがふさぐとつい足が魚屋へ向かいます。ま、魚が単に好きだからなのですが。
人生に影響を与えた本は何ですか?
中学生の時に読んだ村上春樹さんの『ダンス・ダンス・ダンス』。「シンプルに書くということ」をこの本で学びました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
職業柄、ピシッとしたい時や人に会う時には剃髪(ていはつ)をします。ツイッターで「剃髪なう」とつぶやいたりしているので、そういう時は「あ、勝負なんだな」と思ってください。
Infomation
2015年10月24日(土)から全国公開され現在上映中!
映画『ボクは坊さん。』
栄福寺住職の白川密成さんが実体験をつづった著書『ボクは坊さん。』。ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の人気連載だったもので、この本をもとに映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のスタッフが映画化! 24歳で住職になった光円(伊藤淳史)が、悩んだり試行錯誤を繰り返したりしながら、自分の道を見つけるまでを描いたほのぼの系ヒューマンドラマだ。
監督:真壁幸紀
脚本:平田研也
出演:伊藤淳史、山本美月、溝端淳平、濱田岳、松田美由紀、イッセー尾形、ほか
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