Vol.148ドラムボーカリスト シシド・カフカ
逃げ込んだ居場所が時に自分を前に進める

Heroes File Vol.148
掲載日：2016/4/14

ドラムボーカリストとして活躍目覚ましいシシド・カフカさん。ドラムをたたきながら躍動的に歌うそのスタイルは新鮮な輝きを放っている。でも、かつてドラムは自分の逃げ込む場所だったという。そんなシシドさんに、ドラマーを志望したルーツからこれまでの道のりそして新たなチャレンジなどを熱く語っていただいた。

Profile

1985年メキシコ生まれ。ドラムボーカルのスタイルで2012年にCDデビュー。ミュージシャンとして音楽フェスティバルやイベントに出演するほか女優、モデルなど多方面で活躍。 16年4月27日（水）に新アルバム「トリドリ」発売、5月7日（土）から全国コンサートツアー開始。

ロングヘアをなびかせ、175センチの長身をフルに使ってドラムをたたきながら歌うシシドさん。エキゾチックにも見える容姿だが、両親ともに日本人である。幼いころにバイオリンを習い、子供オーケストラにも参加していた彼女が、ドラマーを志したのは10歳の時だ。

「目立つのが嫌いで裏方に興味があり、オーケストラでも時々、インカムを付けて裏にいました。でも一方でその私を見てほしいという願望もあった（笑）。ボーカルのように表立ってはいないけれど裏から支える存在のドラマーは、目立ちたくはないけれど見てほしいという、そんな私の願望をかなえてくれるものでした」

今後一切プレゼントはいらないからと親にドラムセットをねだるが、取り合ってもらえなかった。しかしドラマーになるという決意が固かった彼女はせがみ続ける。それは、父の仕事の関係でアルゼンチンに移住し、現地の中学校で言葉が分からず閉じこもりがちになったカフカさんを、ふびんに思った両親が根負けするまで4年間続いた。そしてこの時、スティックの握り方など一から教えてくれた先生が、有名なタンゴの作曲家アストル・ピアソラ氏の孫だった。

「当時は子供でよく分からなかったけれど、今もよく『演奏にラテンの血が入っているね』と言われるので影響があったんでしょうね。学校になじめなかった私にとって、ドラムをたたいている時だけが自分の居場所でした」

帰国後は高校時代から学外でバンドを組み、大学では8、9のバンドを掛け持ちしてドラムをたたき、毎日寝る間もなく駆け回る。「プロ志望だったのでとにかく場数を踏みたくて、ドラマーが足りないと聞くとすぐに手を挙げました。当時は音楽に掛けるお金が優先で、服は一本のジーンズを毎日はき、Tシャツだけ替えるような生活。でも何の不満もなかった」

やがて年上の女性が組むバンドに加入し、スパルタ式に鍛えられて根性とテクニックを学んだ。その後はさまざまなアーティストのサポートでドラムをたたき、毎日が音で染まっていく感覚が楽しかったと言う。そして20歳のころ、著名な音楽プロデューサーから「一緒にデビューを目指そう」と声を掛けられる。

「何とそれはボーカルとしてでした。自分が歌うとは考えたこともなかったけれど、ドラムはほかでもたたけるし、彼らと音楽が作れるなら挑戦したい。そう思いました」

最初は注目されるボーカルが恥ずかしくて下を向いて歌ったこともあるが、頑張った。しかしデビューの機会は思うように訪れず、焦る日々が1年、2年と過ぎていった。

力を抜いて化学反応を楽しんでみる

20歳から飲食店で働きながら、歌手としてデビューを目指したシシドさん。当初は25歳までに花が咲かなかったらあきらめるつもりだったと言う。しかしその刻限が近付いても、チャンスはさっぱり訪れなかった。

「生活のためのアルバイトと音楽活動との配分が難しく、どうすればいいのかさえ分からなくなったけれど、あきらめる気にはなれませんでした。まだ勝負の土俵に上がっていないし、声を掛けてくれたプロデューサーからもノーと言われていなかったから。自分には何かがある、そう信じることにしたんです」

そうして2011年、25歳でようやくデビューが決まる。その時、何か個性を出そうと、現在のようにドラムをたたきながら歌うスタイルを提案された。長くドラマーとして活動していたものの、そこに歌をプラスするのは体力的にあまりにもきついとカフカさんはおじけづく。しかし方針は決まり、初ライブでの演奏に向け練習を厳命された。

「初めてドラムをたたきながら歌ったライブは、息がもたないし機材トラブルはあるしで散々でした。でもこの時、私も周囲のスタッフもこれでいけるとなぜか納得できたんです」

デビュー前、ドラムをたたきながら歌う躍動的な彼女を映したネット動画が再生回数を上げていて、デビュー直後から注目された。当時は分刻みのアイドルばりにスケジュールに追われたそうだ。

現在は女優やモデルの活動をしながらも、ミュージシャンとしてライブを大切にする姿勢は崩さない。自分のライブはもちろん、音楽フェスティバルへの参加やほかのアーティストのバックでもドラムをたたき、そのどれにも100％の力を注ぐ。そんな彼女が、16年4月にアルバム「トリドリ」を発売する。

「今回はさまざまな音楽プロデューサーの方と組みました。別れ、悲しみ、喜びなどタイトルのように色とりどりの感情を表現した曲に現在の私が詰まっています。前作でほかのアーティストの方々の懐に飛び込み、脱力することで起きる化学反応を楽しむことを覚えました。今回はそれが更に進んだと思います」

デビュー前は、やりたいこととできることは違うとあきらめることもあった。「でも最近は、したいことがあればそれをどうすればできるかと発想を転換するようになり、可能性を広げられるようになりました。10代のころ、ドラムをたたく瞬間が安住の地でしたが、私は今、ドラムボーカリストのシシド・カフカという充実した居場所を見つけたのです」

ヒーローへの3つの質問

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか？

伝統工芸の職人に興味があるので、京都で染め物などの職人さんに弟子入りしていたと思います。

人生に影響を与えた本は何ですか？

映画なのですが、『ローズ』という作品です。これは家でも時々観ます。ヒロインはアメリカの女性ロックシンガー、ジャニス・ジョプリンをモデルにしていて、彼女の抱えていた苦しみや悲しみを含め、その人生の光と影を描いた作品です。彼女のように生きることは私にはもはやできませんが、感情をこれほどまでに表に出しながら生きた人がいたということに、力や勇気をもらっています。

あなたの「勝負●●」は何ですか？

物を捨てます。ライブなどでいい結果を持ち帰られるように、そのすき間を作ろうとします。捨てる現物がなければ、パソコンの中のファイルを整理して、捨てますね。