Kaggleで培った「ベースライン構築力」を実務の武器に。 機械学習エンジニアに聞く、「好奇心」をコンパスにするキャリア論

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この記事でわかること

  • AIエンジニアの実務における役割と、開発プロセスで直面する「性能の不確実性」や要件定義の難しさ

  • データ分析コンペティション「Kaggle」での経験が、いかにして実務の「仮説検証サイクル」を加速させるのか

  • 技術の進化が速い時代において、PL/PM層が「技術の手触り感」を持ち、ブリッジ人材として活躍するための視点

エンジニアのキャリアにおいて、機械学習やAI領域への関心はかつてないほど高まっています。しかし、従来のシステム開発とは異なり、AI開発は「データを入れ、実験を繰り返さなければ正解が見えない」という極めて不確実な世界です。

今回お話を伺ったのは、株式会社ELYZAのプロダクト事業部で機械学習エンジニアを務める佐伯真仁さんです。佐伯さんは、Sansan株式会社での研究開発(R&D)などを経て、現在はELYZAで生成AIのプロダクト開発に携わっています。

さらにKaggle(※1)等のコンペティションを通じて、複雑なタスクに対する「ベースライン(基準)」を構築する能力を磨き続けてきました。不確実なAI時代に、エンジニアはどう自らの専門性を定義し、価値を証明すべきなのか。その生存戦略を紐解きます。

※1 Kaggle(カグル)……企業や団体が提供するデータセットに対し、世界中のデータサイエンティストが最適な予測モデルを構築してその精度を競い合うプラットフォーム。

佐伯 真仁

株式会社ELYZA プロダクト事業部 東北大学卒業後、Sansan株式会社に入社し、研究開発部門でデータ分析業務に従事。その後、アスタミューゼ株式会社にて機械学習モデルの実装・開発を担当。2025年に株式会社ELYZAにジョイン。機械学習エンジニアとして、VoC(Voice of Customer)分析やデータ分析エージェントの研究開発、MLシステムの改善・運用などを担当している。

株式会社ELYZA

2018年9月創業。LLMの研究開発から、LLMを活用した業務支援プロダクト・ソリューションまで幅広く手がける。エンタープライズ企業への導入実績も豊富で、セキュリティ要件への対応にも積極的に取り組んでいる。

【会社URL】:株式会社ELYZA

【サービスURL】:ELYZA Works|法人向け生成AI活用ツール

「作れば動く」を疑う。実現の可否を泥臭く検証するAIエンジニアの日常

岸 裕介
岸 裕介

佐伯さんは現在、ELYZAのプロダクト事業部でデータ分析エージェントの研究開発などを担当されていますね。機械学習エンジニアの具体的な業務内容について、これまでのキャリアと併せて教えていただけますか?

佐伯さん
佐伯さん

私のキャリアは、新卒で入社したSansanの研究開発部から始まりました。その後、アスタミューゼではクライアントワークを中心に、機械学習モデルの実装を行っていました。現在はELYZAで、LLM(大規模言語モデル)を活用したプロダクトの機能改善や、新しい機能の開発に向けた実験に取り組んでいます。

AI開発に携わる中で感じるのは、「決まった仕様を形にすれば、必ずしも期待通りの成果が出るわけではない」という不確実な側面がある点です。お客様の業務フローや現場の実態に我々が詳しくないように、 AI技術の得意・不得意についてもお客様側で判断しづらい部分があります。だからこそ、要件定義の段階から互いの知見を持ち寄ってすり合わせる必要があり、この「設計」以前のフェーズに非常に時間がかかります。

岸 裕介
岸 裕介

従来の開発が「積み上げ」だとしたら、AIエンジニアリングは「探索」に近いイメージですね。設計の時点で、どのような壁にぶつかることが多いのでしょうか。

佐伯さん
佐伯さん

例えばコールセンター通話記録から「解約を検討している顧客」を自動検出したいという案件があったとして、「解約したい」と明言するケースだけでなく、不満をほめかすだけのケースもあるで、何をもって「解約意向あり」とするか自体が曖昧です。こうした定義の曖昧さが、精度のぶれに直結します。

まずはステークホルダーと「何をもって正解とするか」の基準をすり合わせたうえで、データの特性を分析しながら実験のサイクルを泥臭く回していきます。

岸 裕介
岸 裕介

単にコードを書くだけでなく、その「妥当性」を証明し続けるプロセスそのものが、AIエンジニアの本質的な仕事なのですね。ELYZAにジョインされたのも、そうした技術をよりプロダクトとして社会に実装したいという思いがあったからでしょうか?

佐伯さん
佐伯さん

前職のコンサルティング業務では、一発限りの実装や実験で終わるケースも多くありました。それはそれで面白かったのですが、次第に「継続的に使われるプロダクトを開発し、改善し続けたい」という意欲が強くなったんです。

ELYZAはLLMやエージェント分野への技術力が非常に高く、研究開発から社会実装まで一貫して取り組める環境があります。現在の「データ分析エージェント」の開発では、単なる機能追加だけでなく、「どうすればAIの思考プロセスを安定させられるか」といった、まだ正解のない課題にも向き合っており、非常に刺激的ですね。

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株式会社ELYZA(イライザ) 採用情報資料 / RECRUIT PITCHより転載

Kaggleの試行錯誤で培う「ベースラインの構築力」

岸 裕介
岸 裕介

佐伯さんの専門性を語る上で「Kaggle(カグル)」での経験は外せません。データサイエンスの競技場のようなイメージがありますが、改めてどのような場所なのか、そして実務にどう活きているのか伺えますか?

佐伯さん
佐伯さん

Kaggleを一言で説明すると、企業や団体から提供されたデータセットに対して、世界中の参加者が予測モデルを構築し、その「予測の正確さ」やスコアを競い合うプラットフォームのことです。

ELYZAには、研究開発・ソリューション・プロダクトといった各部署に「Kaggle Master」の称号を持つメンバーが在籍しており、エンジニアの間では一つの文化として根付いています。

佐伯さん
佐伯さん

ただ、Kaggler(カグラー)の中でも興味の方向は人それぞれです。スコアを限界まで突き詰めるチューニングが好きな人もいれば、スコアを限界まで伸ばすのが好き、あるいは実験サイクル全体を改善する仕組みづくり(実験Ops)に注力する人もいます。

岸 裕介
岸 裕介

佐伯さんは、その多様なアプローチの中で、どの部分に自身の強みや面白さを感じているのでしょうか?

佐伯さん
佐伯さん

私自身は、一発で終わる実験よりも、継続的に使い続けられて実験サイクル全体を高速化・改善できるような「仕組みづくり」の部分に特に面白さを感じています。

象徴的な出来事だったのが、以前3〜4時間の短期コンペに手ぶらで挑んだ時のことです。限られた時間の中で「とにかく勝てばいい」と割り切って臨んだつもりでしたが、実際には「ちゃんとしたパイプラインを組みたい」「ベースラインをしっかり作りたい」という気持ちの方が強く、結果以上に土台作りに惹かれる自分に気づきました。

この経験が、現在の実務においても、複雑なタスクに対して「どの手法が効きそうか」という当たりをつけ 、「何があればより良い実験ができるか」という実験設計や、最初の一歩となる強力なベースラインを構築する力に直結していると感じています。

岸 裕介
岸 裕介

なるほど。実戦を通じて磨かれた「土台を作る力」が、不確実性の高い現場において最短距離で成果へ繋げるための「判断の拠り所」になっているのですね。

佐伯さん
佐伯さん

また、実務では「その課題を解決するために、AIをどう設計し、どう評価すべきか」という課題設定そのものが問われます。この「実装力」と「検証サイクルを泥臭く回せる資質」の掛け合わせこそが、実務で生きてくる部分だと感じています。

情報の海から「投資価値」を見極める判断基準

岸 裕介
岸 裕介

AI領域は技術革新が非常に速く、学習すべき情報が氾濫しています。佐伯さんは、どのような基準で「学ぶべき技術」を選定しているのでしょうか?

佐伯さん
佐伯さん

個人的な判断基準としては、「自分自身がワクワクするかどうか」という直感と、その技術に「長期的な投資価値」があるかどうかを重視しています。

例えば、近い将来にスタンダードになりそうな技術、あるいは、その分野の基準を大きく書き換えそうな動きには積極的に触れるようにしています。最近であれば、LLMエージェントの通信方法やプラグインの概念など、標準化に向けた動きには特に注目していますね。

岸 裕介
岸 裕介

標準化、つまり「世界的なデファクトスタンダード」になりそうなものを早期にキャッチアップするわけですね。ELYZAでは、日常の開発プロセスでもAIツールをかなり活用されていると伺いました。

佐伯さん
佐伯さん

エンジニア全員がClaude Codeを活用しており、実装のスピードが大幅に向上しました。私自身も、実装だけでなく実験のサイクルを速めるためにフル活用しています。

岸 裕介
岸 裕介

佐伯さんは最新技術のキャッチアップにおいても、まず実践することを重視されていますね。独学でさまざまなツールを触る中で、意識されていることはありますか?

佐伯さん
佐伯さん

個人的には、「技術を習得すること自体」が目的になっていても、それはそれで全く問題ないと考えています。エンジニアにとって、新しいモデルを動かせたり、複雑な理論を理解できたりするのは、純粋にワクワクして楽しいものですから。

その上で、もし自分が面白いと思って触っていたものが、別の機会に「これはあの業務に使えるかも」と実務の着想に繋がったりすると、よりハッピーですよね。

岸 裕介
岸 裕介

純粋な好奇心が、結果として仕事のプラスアルファになるというイメージですね。技術への興味と実務のバランスについてはどうお考えですか。

佐伯さん
佐伯さん

自分の「楽しい」「やってみたい」という感覚をコンパスにして動くのが一番だと思っています。常に「実務に役立てなければ」と難しく考え抜く必要はありませんが、「この知見がどこかで活きるかもな」とアンテナを張っておくイメージです。

今の時代、生成AIを使えば「それらしい答え」はすぐに手に入ります。もちろん使うだけでも便利ですが、その答えの裏側にある原理を少し掘り下げて「なぜこうなったのか」まで理解できると、エンジニアとしてはより面白いのではないでしょうか。

岸 裕介
岸 裕介

便利なツールが増えたからこそ、自分の「面白い」を起点に深掘りすることが、結果的に独自のスキルアップにも繋がっていくのですね。

佐伯さん
佐伯さん

そうですね。独学において大切なのは、単なる情報の収集能力ではなく、「自分のワクワクする方向」を信じて動くことだと思います。自分の好奇心を大切にしながら、それが思わぬところで課題解決と結びつく。そんな橋渡しのような感覚を楽しめると良いかもしれません。

ワクワクする方向を信じて、まずは「手触り感」を養う

岸 裕介
岸 裕介

今後、AIをどのように自身のキャリアに取り込んでいくべきか、佐伯さんの考えを伺えますか?

佐伯さん
佐伯さん

AIに関心を持つエンジニアであれば、必ずしも専門的な知識をゼロから完璧に詰め込む必要はないと思います。それよりも、まずは実際にツールに触れてみて、「手触り感」を養うことが大切です。

そうした日々の試行錯誤の中で、「このタスクにはAIが使えそうだ」といった自分なりの解像度が自然と上がっていくのではないでしょうか。AI開発には「やってみないとわからない」という不確実性が伴いますが 、実際に触れて動かしてみる経験こそが、そうした難しさと向き合うためのヒントになると感じています。

岸 裕介
岸 裕介

最後に、キャリアに迷っている方や、AIを一歩踏み出したいと考えているエンジニアに向けてメッセージをいただけますか。

佐伯さん
佐伯さん

自分がワクワクすることや「面白い」と感じることから触れてみてはいかがでしょうか。まずは気になるツールを使ってみて、その過程で得られる「あ、これはこう動くんだ」という自分なりの発見こそが、プロダクトを良くするための最も純度の高い着想になるからです。

岸 裕介
岸 裕介

個人の気づきや「面白い」と感じた実感が、そのままユーザーやプロダクトへの価値に変換されるわけですね。

佐伯さん
佐伯さん

その通りです。そして、こうした「現場の人間が自身の専門知識(ドメイン知識)を活かしてAIで課題を解決する」というプロセスを、組織全体の価値に広げる仕組みとして形にしたのが、弊社が提供している『ELYZA Works』という現場主導の生成AI活用プラットフォームです。

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「ELYZA Works ご紹介資料」より転載
岸 裕介
岸 裕介

いわば一人ひとりのハックを、ビジネスの現場での大きなうねりに変えていくプラットフォームなのですね。

佐伯さん
佐伯さん

これは単なるチャットツールではなく、現場の担当者が自律的に「AIアプリ」を作成できるのが大きな特徴です。解決したい業務内容をAIに伝えるだけで、AIが最適なプロンプト(指示文)や入力フォームの構成を提案してくれます。

専門的なIT知識がなくても、AIが構築のプロセスをガイドすることで、誰でも即座に知見を形にできる「市民開発(現場主導のAI活用)」の環境を提供しているんです。

岸 裕介
岸 裕介

エンジニアならではの「自分を楽にしたい」という効率化へのこだわりが、結果として現場主導のアプリ開発を加速させ、自身の替えの効かない市場価値にも繋がっていく。非常に説得力のあるお話だと感じました。

佐伯さん
佐伯さん

大切なのは、やりがいが強まる方向へ進むための「コンパス」を持つことです。自分が「楽しい」「心地よい」「ワクワクする」と感じる方向を信じて、まずは小さなことからAIを自分の武器に取り込んでみてください。その先に、皆さんならではの新しいキャリアの形が必ず見えてくるはずです。

ライター

岸 裕介
大学卒業後、構成作家・フリーランスライターとして、幅広いメディア媒体に携わる。現在は採用関連のインタビュー記事や新卒採用パンフレットの制作に注力しながら、SaaS企業のマーケティングにも携わっている。いま一番関心があるのは、キャンプ場でワーケーションできるのかどうか。
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編集

田尻 亨太
株式会社できるくん 記事制作ディレクター 17年にわたり複数の会社で一貫して編集・ライターとしてのキャリアを重ねる。2020年に採用やマーケティングを支援するコンテンツ制作会社VALUE WORKSを設立。記事制作を通じてあらゆる顧客の採用や集客を支援。2025年6月に株式会社ユーティルに事業譲渡し、現在はグループ会社の株式会社できるくんで、記事制作できるくん取材できるくんを立ち上げ中。