ITエンジニアコラム:きたみりゅうじのエンジニア転職百景

巻ノ八十七「父親になったのに働きもしないで」と、危うく家族を失いかけた彼の転職

家族がいる。子どもがいる。となれば、働き手として、どれだけつらくても、そうそうあきらめるわけにはいきません。食うために、食わせるために踏ん張らなければいけなかったりする。
ただ今回のE崎さん。あまりに過酷な状況に耐えかねて、撤退を余儀なくされてしまいました。
塞ぎ込む彼に対して、家族はなんと声をかけたのか。果たして彼は、立ち直ることができたのか……。
そんな今回の体験談です。

結果が出ない

E崎さんが最初に就職したのは立体駐車場のメンテナンス会社でした。バブル時の大量入社組がわんさと上にひしめいているため、出世なんか一切望めない状態。そのせいか社内には「ぬる~い雰囲気」が立ちこめており、「このままここにいると駄目な大人になってしまう」と常々心配していた彼でもありました。
そんなおり、父親の友人たちが会社を立ち上げるということで、E崎さんにお声がかかります。これ幸いと、その話に乗っかることを決めたE崎さん。新しい会社は「蒸着装置を使ってガラス面に反射防止膜などの機能を付加する」ことから事業をスタートさせ、将来的には徐々に高機能なもの(特定の可視光線のみをカットするなど)を製造して、収益を上げていく予定でした。
さて、この新会社は別に会社を持つ3人の社長が寄り集まって作った会社で、みなさん他に仕事を抱えてました。ある大学院の学生さんがお手伝いに入ってはくれたものの、実は正社員ってE崎さんただ1人。実作業を行うのも実はE崎さんただ1人。
設備の準備、業者の手配、装置のメンテナンス、研究、運用、工場の掃除、備品の購入……ぜんぶぜーーーーんぶやるのはE崎さんただ1人。
仕事はありました。あるメーカーからの依頼品を作るため、その仕様に耐えうるものを作るという大切な仕事です。装置の手配から研究から、まさしく飲まず食わずで日の出から夜中まで休みなく働きました。しかし、なかなか仕様を満たすものができません。
経費はかかるのに売り上げがない。社長たちからの締め付けは日々厳しくなってきます。さらに家では生後間もない娘の夜泣きが激しく、あやしているうちに朝になりと、満足な睡眠が取れません。このダブルパンチが効きました。胃が食事を受け付けなくなり、けれども無理に押し込んで、吐く。これが毎日、数カ月続くことになっていったのです。 頑張っているんだけど結果が出ない。社長たちはオレが悪いと言う。そうなんだろうか。そうなのかもしれない。なんで上手くいかないんだろう。オレはそんなに駄目な奴なんだろうか……。
こうして話は、冒頭のマンガへとつながっていくのでした。

背水の陣でベベンのベン

一度はアメリカに逃げたE崎さんでしたが、「このままでは子どもと離ればなれになってしまう」という危機感が、彼の背中を押しました。
「とにかく東京で新しく仕事をはじめなきゃ何も好転しない」
その決意のもと、E崎さんは東京に帰ってきたのです。
しかし久しぶりに出社してみると、社長たちが会社をたたむ準備をしていました。なんと彼が休職したわずか1カ月の間に、会社は倒産が決定していたのです。
その後、E崎さんは社長の勧めにより、国際宅配業の会社に身を寄せることになります。某国官僚の汚職部分に狙いを定めた、ちょっとグレーな宅配会社。……でも、E崎さんは某国の言葉が話せないので、こりゃ無理だとさらに転職を図ることに。
「人に頼ると失敗した時に言い訳ができてしまうので、やはり自分自身で探さなければ……とも思いまして」
そうして彼は、エンジニア系の仕事に狙いを定め、あちこち面接に駆け回るようになったのです。面接ではベンチャーで苦労したことを訴えかけ、「もうここしかないんです。子どももいるので頑張るしかないんです」と力説したそうです。
これが、ある会社で面接官の心を動かしました。
「この人は確かに頑張るしかない状況らしい。ならば間違いなくやってくれるだろう……」

最後の転職から3年。E崎さんは半導体装置のフィールドサポートエンジニアとして、装置の立ち上げやアップグレードに奔走(ほんそう)する毎日を送っています。
「某大手企業のグループ会社なので、よほどのことがない限り失職する事態にはならないでしょうし、1000名規模の会社ということで妻や両親にも安心してもらうことができたと思います」
そしてE崎さん自身も、「組織がしっかりしているので、ワンマン社長に振り回される怖さがない」と安心して過ごしているのだとか。
「この会社ならではの文化の違いや厳しさに戸惑うこともありますが、“普通に仕事をさせてもらえる環境”ということに、入社当時から今に至っても、変わらず感謝の気持ちで働いています」
そう満足そうに話す、E崎さんなのでありました。

オチの一コマ
本日の一句

ドラマであればここは、「家族の励ましで立ち直り」とか美談をこさえるところでしょうが、現実はそうそう甘くないですよね。
現実として食わなきゃいけない。子どもの未来を作らなきゃいけない。
そのためには、家族の方もぬるいことを言ってられない……のではないかなと。
逆にそうだからこそ、「自分の意志」でE崎さんは前に出ていけたような気もします。誰かのためにではなく自分のために。自分が子どもといたいがために。
……こうやって父親になっていくんでしょうね。
子どもの存在そのものが、時に父として踏ん張る糧になる。そんなことを思う体験談でした。きたみアイコン

著者プロフィール

自画像きたみりゅうじ
もとは企業用システムの設計・開発、おまけに営業をなりわいとするなんでもありなプログラマ。あまりになんでもありでほとほと疲れ果てたので、他社に転職。その会社も半年であっさりつぶれ、移籍先でウィンドウズのパッケージソフト開発に従事するという流浪生活を送る。本業のかたわらウェブ上で連載していた4コマまんがをきっかけとして書籍のイラストや執筆を手がけることとなり、現在はフリーのライター&イラストレーターとして活動中。
遅筆ながらも自身のサイト上にて、4コマまんがは現在も連載中。
http://www.kitajirushi.jp/

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