巻ノ二十ストレスだらけの出向先だもん、 心の中じゃコブシを握る毎日よ……
入社して1カ月目に、「今日からお前の経歴は2年目社員だ」と申しつけられ、客先へ出されたT内さん。
それだけでも「ちょっと待った!」なお話なのに、この客先がこれまた痛い職場ときたからさぁ大変。
あちらにもこちらにも痛い方々が登場する、今回はそんな悲しき職場のお話です。
心の中はいつもブチキレ
T内さんが放り出された客先は、とある一流メーカーの社内システム部門でした。
社内のシステム開発しかやらないせいか、この部門にはなんと「お客様」という概念がありません。あるのは学歴派閥や山より高いエリート意識ばかりなもんで、出向社員の立場など「なんだこのゴミクズは」ってなもんです。
「オレらも外注駆除するか! わはははは」
フロアに害虫駆除のお知らせが貼られるたびに、彼らはそう言ってT内さんたち出向社員を嘲り、罵るのが常でした。
「なんとか異動してはもらえないですか?」
そんな出向先で、毎日心の中にコブシを握る生活にも疲れ果て、T内さんは会社に再三そんなお願いを出しました。
もっとも、職場の空気に嫌気がさしただけでもありません。ホスト系のプログラマーという、そこでの作業内容にも将来に対する不安を抱いていたのです。
「なんだT内~。よし、んじゃ飲みに行くか!」
上司から返ってくるのは、いつもそんな言葉でした。そして、いつもいつも飲みの席でうまく言いくるめられてしまうことの繰り返し……。
『しかしどうもこの出向先。他の誰1人として行きたがらないとこらしい』
そんな日々の中、それだけははっきりとT内さんにもわかってきたのでした。
辞めます……ってお前がかい!?
『異動が叶わないんだったら、もう退職を選ぶしかない』
まもなく3年目になろうかというある日のこと、とうとうT内さんは退職を決意して、退職願いを出しました。
「なんだT内~。よし、んじゃ飲みに……」
そしたら今度はいつもの上司に加えて、役員クラスの上司までが飛んでくるでやんの。
いくら決意が固くとも、これは想定外です。頭パニックです。結局T内さんは、いつもと同じく言いくるめられてしまうのでした。
……むぅ、残念無念。
さて、それから数日後のことでした。彼の上司……そういつも彼を説得してくれていたあの上司から、T内さんは突然呼び出しを受けたのです。
「いやぁ、実は辞めることになってなぁ」
「そもそもお前を引き止めてたのも、先に辞められちゃうとオレが抜けにくくなるからでなぁ」
……は?
もうT内さん、目が点ですよ。
この日、彼はあらためて退職の意志を固めます。でも上司が言うのも正しくて、先に辞められちゃうと簡単には抜けられなくなっちゃうんですよね。
つまりT内さんは抜けられないと……。
そこから3年間、彼はガマンします。「客に迷惑をかけないために」と、手がけていたシステムの安定稼働を見届けるまで、じっとガマンの子で貫き通すことになるのです。
ただひたすらに3年間、心の中で説得に負けない理論武装を培いながら……。
そんなT内さん。その後は知人のつてで小さな会社に転職し、「システムの要求定義から仕様策定から開発から納品まで! 全部に関われるので、オレの作品!って思えるんです」……と開発者人生に燃える毎日を送っています。



なんだかとても見覚えがあるような気がしてしまう、そんな上司さんのお話でした。
普通に我が身を振り返れば恥ずかしくて取れないはずの行動なんですけど、社会に出てみると思いの外そんな大人が多くて驚きますよね。利己主義的すぎというか、小ズルい人。
しかしそれにも増して驚いたのが、T内さんのガマン強さです。なんですかその「3年間ガマンした」ってのは! しかも退職時に9カ月も引き継ぎ期間取らされたりしたそうなんですよ! 無茶言われ過ぎ!
そんな彼だからこそ、「やりがいの中に身を置けている」という立場に今はあることが、第三者ながらとても嬉しく思います。
■著者プロフィール
きたみりゅうじ
もとは企業用システムの設計・開発、おまけに営業をなりわいとするなんでもありなプログラマ。あまりになんでもありでほとほと疲れ果てたので、他社に転職。その会社も半年であっさりつぶれ、移籍先でウィンドウズのパッケージソフト開発に従事するという流浪生活を送る。本業のかたわらウェブ上で連載していた4コマまんがをきっかけとして書籍のイラストや執筆を手がけることとなり、現在はフリーのライター&イラストレーターとして活動中。
遅筆ながらも自身のサイト上にて、4コマまんがは現在も連載中。
http://www.kitajirushi.jp/
■著書紹介
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