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激務と育児を両立するために“開き直った”|村木厚子「30代の決断」

村木厚子さんトップ画像

人生は決断の連続。就職や転職、さらには結婚、子育てなど、さまざまな局面で選択を迫られます。時には深く悩み、逡巡することもあるでしょう。

充実したキャリア、人生を歩んでいるように見える先人たちも、かつては同じような岐路に立ち、悩みながら決断を下してきました。そこに至るまでに、どんなプロセスがあったのでしょうか。また、その選択は、その後のキャリアにどんな影響を及ぼしたのでしょうか。

そんな「人生の決断」について、村木厚子さんが振り返ります。村木さんは1978年に労働省(現・厚生労働省)に入省して以来、女性政策や障がい者政策に携わり続け、国家公務員として37年間勤め上げました。キャリアのなかで、最も多忙だったのは30代。仕事と子育てに追われ、心身ともにきつい日々を過ごしました。一時は「仕事を続けられないかもしれない」というところまで追い込まれたことも。そんな試練を、村木さんはどう乗り越えたのでしょうか。

2回目にフォーカスするのは、「30代の決断」です。

  • ※全3回のシリーズの第2回です。初回の「20代の決断」はこちらからご覧ください

この記事はMEETS CAREER by マイナビ転職で
2025年05月16日に掲載された記事の転載です

仕事を辞める寸前まで追い込まれ…… 窮地を救った発想の転換

「子連れ赴任」をしていた島根から、およそ1年半の任期を経て32歳で東京に戻り、婦人局婦人政策課の課長補佐になりました。この昇進は私にとって、30代を通じてもっとも大きな決断だった、と言えるかもしれません。

というのも、ここから数カ月間は、社会人人生で最もしんどい時期だったからです。

当時、夫は長野に赴任していたため、私が東京に戻ってからも「母子家庭状態」が続いていました(※)。その頃に、長女が小児てんかんを発症。寝入りばなに発作を起こすことが増え、遅くとも20時までには帰宅して寝かしつける必要があったのです。

  • 当時の労働省では、30歳前後の職員に必ず地方赴任を経験させるというルールがあった。村木さんと同期だったご主人は長野へ赴任していた。

私は多忙な部署に所属していて、20時前の帰宅ですら「早い」と思われるような状況。また、若い部下たちを差し置いて早く帰ることに対しても抵抗がありました。「ごめんなさい。お先に失礼します」と謝りながら職場をあとにする日々。着任したばかりで慣れない職場なのに、そんな中途半端なやり方では仕事の能率も一向に上がらない。辛かったですね。人前では気を張っていても、誰もいない階段やトイレに行くと涙が出てくる。心身ともに追い込まれていました。

このままでは駄目だと思い、今どうするべきなのかを真剣に考えました。仕事は私が辞めても誰かが後任におさまるけれど、娘にとってお母さんは私しかいません。仕事か子どもか、どちらかを選ばなければいけないのなら、子どもを取るのは当たり前のこと。

そんなこんなで出した答えは「もう少しだけ頑張ってみて、両立できないと判断したら仕事を辞めよう」でした。働き続けることを生涯の目標にしてきた私が仕事を辞めようと思ったのは、この一度限りです。それくらい重い決意でしたが、不思議なことに、決心すると驚くほど気持ちが軽くなったのです。「辞めれば解決する」という開き直りが心の平穏をもたらしてくれたのか、状況はまるで変わっていないのに、悩み苦しむことがなくなりました。先に帰ることへの躊躇も消え、部下や周囲に素直に頼れるようになりました。

私が悩んだからといって同僚の負担が減るわけではない。仕事を回す方法を考えることが先決です。結局思い込みによって自分を苦しめていただけなのだと。私の敵は「仕事が忙しいこと」「みんなを残して帰ること」「娘が病気であること」ではなく、それらに対する自分の受け止め方、考え方なのだと。30代半ばでそのことに気づけたのは大きく、その後も幾度となく大変な状況は訪れましたが、考え方を変えるだけで気持ちが落ち着きました。

村木厚子さんお写真1

スイスのジュネーブで行われたILO(国際労働機関)の総会にて。33歳ごろの一枚

私に限らず、多くの人が仕事や育児、親の介護との両立、あるいは病気で休職することなどに対して思い悩んだ経験があるのではないでしょうか。「職場に迷惑をかけているのではないか」「子どもにとって、良い親ではないのではないか」と。でも、そんなふうに自分で自分をいじめても、どんどん疲弊してしまうだけで、何の解決にもつながりません。実際、職場の誰かに負担をかけていたとしても、それは仕方のないことです。

一時の「借り」だと思って、自分に余裕ができた時、厳しい立場にいる人を助けてあげればいい。今は「受け取るだけで」いい。悩んでも仕方のないことは、いったん忘れればいい。忘れられなければ、横に置いておけばいい。私自身もそうしてきましたし、後輩にもそう伝えてきました。

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家族というチームで、親子が協力し合って暮らしを守る

35歳で次女が誕生したこともあり、相変わらずハードな日々が続きました。それでも何とか育児と仕事を両立できたのには、いくつかの理由があります。

まずは夫の存在。今では普通のことかもしれませんが、夫は「2人で働いているのだから、(家事も育児も)2人でやるべき」という考え方で、我が家では特に家事の分担を取り決めることもなく、自然と「やれるほうがやる」という意識を共有できていました。むしろ、私のほうが残業は多かったため、「夫が家事の第1担当、長女が第2担当で、私は第3担当の座におさまっていた」くらいです。

また、夫婦とも「使えるものは何でも使う」という方針だったので、外部のサービスや便利な家電製品は積極的に取り入れました。当時、発売されたばかりの衣類乾燥機や全自動食洗機などもいち早く購入しましたし、長女・次女を合わせて何人もの保育ママさんにお世話になりました。また、時間をお金で買おうと、子どもが小さい間は毎日タクシーを使っていました。子育ての経費だけで私のお給料がそっくり消えた年もありましたが、それも今のうちだけだと割り切って。必ずしも自分たちがやらなくてもいいことはお金で解決しようとしていました。

子どもが大きくなるにつれ、家庭を回す「チームの一員」になってくれたことも大きかったです。我が家は夫が家事をやる人だったこともあって、「家のことは、家族みんながやるもの」という意識が子どもたちにも当たり前に根付いたのだと思います。長女は小学生になると、次女を保育園に迎えに行き、中学生に上がる頃には「これからは保育ママさんのお世話にならずに暮らせるようになりたいから、料理を覚えたい」と言いました。いま振り返れば、私はあまりにも仕事人間で、残業や飲み会で帰宅は“午前様”ということも珍しくありませんでした。それでも家庭が破綻しなかったのは、甘えたい盛りにも関わらず協力してくれた娘たちの存在があってこそです。

改めて、我が家の「チームとしての強さ」を感じたエピソードがあります。私は53歳のとき、冤罪により誤認逮捕されました。私が拘置所に入れられると、夫は弁護士さんたちから「村木さん、家のことはどうしますか? お手伝いさんを雇いますか?」と言われましたが、最初はお手伝いさんを雇う意味が分からなかったようです。少し考えて、そうか、普通の家庭では家事を担う妻が突然いなくなったら、残された家族は困るものなのかと。夫は「大丈夫です。今までと何も変わりませんから」と答えたそうです。これはさすがにひどいと思いますが、うちは夫婦どちらも稼ぎがあって、なおかつ全員がひととおりの家事をこなせる、そのとき初めて、うちって、実は強い家族だったのかと気づきました

勾留期間は164日にも及びましたが、「家族の生活」についてはまったく心配をしていませんでした。夫の言う通り「家は何も変わらなかった」というオチです(笑)。

とにかくあの時、夫や娘たちが普通の暮らしを守ってくれたことは、私にとって何よりの精神安定剤になりました。

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忙しいときほど俯瞰する。正念場の30代を支えた先輩の言葉

30代を振り返った時、大きな後悔がひとつあります。それは、忙しいなかでも、もっと家族との時間を持っておけばよかった、ということ。

その意味で一番の反省点は、家事を全部しっかりやろうと思い過ぎていたことです。例えば、島根に赴任した1年半は、比較的時間に余裕がありました。そのぶん掃除も洗濯も料理も一生懸命やっていましたが、それよりも娘と過ごす時間を増やせば良かった。すべての家事を完璧にこなそうとするのではなく、どれかひとつをサボって子どもと思い切り遊べば良かったと、今になっては思います。

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島根赴任中の一枚。32歳ごろ

育児と仕事を両立させるために家電やサービスを頼ることはありましたが、やはり世間一般の「良いお母さん」のイメージに縛られていたのかもしれません。でも、子どもにとっては親が自分をかわいがってくれる、一緒に楽しく遊んでくれることのほうが、はるかに大事です。両親との思い出をより多く残してあげられるよう、大きくなったときに「愛されて育った」と感じられるように、たっぷり愛情の貯金をしておけば良かったなと。そんな反省を踏まえ、後輩たちにも「仕事が忙しく限られた時間しか取れないからこそ、何を大事にするべきかを考えてね」と伝えています。

もちろん、若い頃は目の前のことに追われ、そんなふうに俯瞰で考えるのは難しいかもしれません。それでも、時には一歩引いた視点で物事を見ることが大事だと思います。

35歳の頃、民間企業で働く女性たちが集まる勉強会に参加していたのですが、そこで年上の先輩に言われた印象深い言葉があります。

「30代は育児と仕事の両立が大変だし、40代は会社内での責任が重くなって胸突き八丁に差し掛かる。でも、その正念場を乗り越えて50代を迎えると、驚くくらい自分の意見が通るようになるし、ポジションを得ていろんなことができるようになる。そして、退職後は天国よ」

まさに仕事と子育てに追われ、しんどい思いをしていた30代半ばの私にとって、この言葉は大きな支えになりました。同時に、日々の忙しさに追われるあまり、目の前に見えているものがすべてであるかのように考えていたこと、「自分はどうしたいのか」「将来のために、何をすべきか」を考える心の余裕がなくなっていたことに気づかされました

子育てはいずれ終わり、組織のなかで自分を取り巻く環境も変わっていく。少し引いた視点で、そう認識できれば、状況に応じてやりたいこと、やるべきことを冷静に選択できるはずです。それは結果的に、目の前の課題を着実にクリアしながら成長し、良いキャリアを積み重ねていくことにもつながるのではないでしょうか。

【次の記事】突然の誤認逮捕。人生最悪の状況を支えた、自分への問いかけ/村木厚子「40代・50代の決断」
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村木厚子さん プロフィール

1955年高知県生まれ。高知大学卒業後、1978年、労働省(現・厚生労働省)に入省。女性政策や障がい者政策などを担当。2009年、郵便不正事件で逮捕。2010年、無罪が確定し、復職。2013年から厚生労働事務次官。2015年退官。退官後は、困難を抱える若い女性や累犯障がい者の支援にも携わる。著書に『公務員という仕事』(ちくまプリマー新書)など。

長いキャリアを考えるうえで、結婚・子育てと仕事の兼ね合いは悩みの種。実際、マイナビ転職の調査でも、育児との兼ね合いが原因で「退職した」「退職を検討した」という女性が43.6%に上りました。

マイナビ転職では、仕事と子育てを両立していくためにどのような環境や制度が「手持ちの武器」になるのかを調査しています。自身のキャリアを実現するために、今の仕事や職場にどんなメリット・デメリットがありそうか。これを機に、チェックしてみてはいかがでしょうか。

構成:榎並紀行(やじろべえ)
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職

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