
第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.62女優 江口のりこ
芝居で人生楽しくなった
Heroes File Vol.62
掲載日:2011/10/28

映画『月とチェリー』で初主演を務め、人気ドラマ「時効警察」シリーズに出演するなど、独特なキャラクターで注目を集めている江口のりこさん。劇団東京乾電池に所属し、活躍の場を広げる彼女に退屈だった中学時代のこと、芝居との出合いなどについて語ってもらった。
Profile
えぐち・のりこ 1980年兵庫県生まれ。映画『金融破滅ニッポン 桃源郷の人々』でデビュー。その後も話題作に多数出演。今秋は寺山修司原作、蜷川幸雄演出の舞台「あゝ、荒野」に出演予定。埼玉公演は2011年10月29日から彩の国さいたま芸術劇場にて、東京公演は11月13日から青山劇場にて。
毎日映画を観て過ごした10代
「最近久しぶりに会った人に『人間らしくなったなあ』と言われました(笑)。私って分かりにくい人なのかも。楽しくてもあまり顔に出ないから」
実際、クールで無表情な役が多い江口のりこさん。だが、それがたとえ数分のシーンでも深く印象に残る。後を引く、不思議な存在感のある女優だ。
江口さんが映画に興味を持ったのは中学時代。「兵庫の田舎で、毎日が退屈でしかたがなかった。それで映画のテレビ放送を観(み)るようになり、ハマりました」。中学卒業後はすぐ働き始め、神戸の映画館に足しげく通った。おのずと映画に出たいと思うようになる。
「劇団というところに入ればどうにかなるかもと考え、神戸の劇団の公演を観に行ったんです。そうしたらこっちが恥ずかしくなるような芝居で私には無理だなと。でもその後も図書館でいろいろと調べ、見つけたのが岩松了さんの作品でした。すごくおもしろくて、この人のいるところだったら私でも大丈夫かなと思い、劇団東京乾電池の研究生に応募したんです。でも私が入団した時にはもう岩松さんは辞めていたのですが」
オーディションは、審査員がみな面倒くさそうで適当な感じがしたそうだ。でもそこがよかった。
「私のようなアルバイトでしか仕事をしたことがない人間に、すぐに何かを表現できるわけないじゃないですか。言わないけど、そこをちゃんと分かっている感じがしたんですね」
ようやくたどり着いた自分のやりたいこと

入所式は、偶然にも江口さんの19歳の誕生日だった。自己紹介で「誰か泊めて」と言うと手を挙げてくれた女の子がいた。彼女はファミリーレストランのケーキでお祝いもしてくれた。翌日、江口さんは新聞の専売所へ行き、住み込みで働き始める。
「大した所持金もなく上京したのですが、助けてくれる人もいて何とかなりました。何かを始める時ってまずは躊躇(ちゅうちょ)せず飛び込むことが大切で、あれこれ準備する必要もないんだなと思いました」
その後、研究生として週2回、劇団の稽古に1年通った。
「劇団に入るまでたくさんのバイトを経験しましたが、いつも『こんなことをしていていいのかな』と思ってしまい、長続きしませんでした。でもお芝居は違った。稽古が楽しくてしかたがなかった。ようやく自分の好きなことができるという幸せを毎日感じていました」
演じることを恥ずかしいと思うのは人として当たり前、だから芝居は難しい。その感覚が劇団東京乾電池に備わっていたこと。それも彼女に合っていたのだという。
役を探す作業が楽しい
研究生として劇団東京乾電池に入所。その1年後、江口のりこさんは劇団所属の女優となった。そして三池崇史監督の映画『金融破滅ニッポン 桃源郷の人々』でデビュー。以後、数多くの作品に出演するようになる。
「どんな役かより、いろんな方とお芝居できるのがうれしい。自分の中の先生みたいな人がどんどん増えていくのも楽しくてたまらないですね」
役者は、別人になるのが仕事と捉えている人もいるが、「それは私には無理。どんな役を演じていても結局は自分でしかない。『こんな感じで』と言われても、その感じは私のこれまでの人生経験と知識からしか出てこないわけですから。でもだからこそ、今の私なりにこんなアプローチをしてみようとか、いろいろと試しながら役を『探す』。その作業が私は好きなんです」
芝居の途中でふと「あれっ」という瞬間があるという。
「そこでようやく役を『見つけた』ような気になれる。だから、稽古場に入る前から役に入っているなんて、私にはあり得ないこと。とりあえず今の自分で出ていってみる。どんな役でも、そこから始まるものでしかないから」
現在、取り組んでいるのは舞台「あゝ、荒野」。蜷川幸雄さん演出の作品は今回が2作目。
「前回は作品、蜷川さん、共演者すべてに素直に向き合えなかったので、今回はもっとそのコミュニケーションを大事にしたい。多分そういうことから役も見えてくる気がするので」
女優業のお陰で今の生活がある

女優という仕事が与えてくれたものは何か。そう尋ねると間髪いれずに「今の生活です」と江口さん。「住まいもそうだし、友だちもこの仕事をしていなかったら出会っていない人ばかり」
大好きな仕事だから、多少傷つくことがあってもそれで辞めたいと思ったことはない。
「いつかそれは必ず何かしらの糧になるし。むしろチャンスだと今は思える。だから嫌なことは起こっていいんです」
事実、つらいことや壁にぶち当たっても逃げなくなった。
「以前、何もかもうまくいかないことがあって気分転換に一人で遊園地へ遊びに行ったんです。でも、何にもならなかった(笑)。結局、その問題に向き合うしか解決方法はないんだと実感しました」
とはいえ頭の中で考え続けているとネガティブな発想に陥りがち。「そうなったら即、行動。怖くても動いてみると案外平気だったりするから」
サバサバとした口調で淡々と話す江口さんだが、時折見せる笑顔が何とも柔らかく、愛らしい。彼女はまだまだ魅力を隠し持っている。
ヒーローへの3つの質問

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
無職だと思います。アルバイトで一番続いたのがパチンコ屋さんで、2カ月半ですから。でももしかしたら、それだけ続いたバイト先だから、パチプロの道に進んでいたかもしれないですね(笑)
人生に影響を与えた本は何ですか?
佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」。母親が絵本好きで、私が幼い頃読んでくれました。大人になってから偶然見つけて懐かしくなりあらためて読んだのですが、新たに気づかされることもあり、とてもおもしろかったです。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
勝負というのとは違うかもしれないですが、元気になりたい時は肉を食べます。お肉、大好きなので。
Infomation
寺山修司原作、蜷川幸雄演出の舞台
「あゝ、荒野」に江口のりこさんが出演!
舞台は、架空の昭和の街「新宿」。元ボクサーの<片目のコーチ>に誘われ、ボクシングジムに入った<新宿新次>。そこで吃音に悩む青年<バリカン>と出会い、二人はもがきながらもボクシングを通して奇妙にねじれた友情を結んでいく――。
寺山修司が初めて手掛けた長編小説「あゝ、荒野」がこのたび戯曲化され、蜷川幸雄さんの演出で初めて舞台上演される。2010年の「血は立ったまま眠っている」に続き、蜷川さんが同時代を生きた同志として寺山ワールドに再び挑む話題作。
「あゝ、荒野」
東京公演/2011年11月13日(日)~12月2日(金)
会場/青山劇場
原作/寺山修司
演出/蜷川幸雄
出演/松本潤、小出恵介、勝村政信、黒木華、渡辺真起子、村杉蝉之介、江口のりこ 他
問い合わせ/Bunkamura 03-3477-3244
公式サイト/http://www.bunkamura.co.jp/otherhalls/11_kouya/index.html
※10月29日(土)~11月6日(日)に埼玉公演あり