
第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.89シンガー&ピアニスト 村上ゆき
自慢の娘になりたくて
Heroes File Vol.89
掲載日:2012/12/7

たおやかで軽やかで、優しく慈愛に満ちた歌声に多くの人が癒やされる。“ヘブンズ・ボイス”と称されるシンガー・ソングライター村上ゆきさん。数多くのCM音楽を手がけ“大人のCMソングNo.1歌姫”とも評された。デビューは30代と遅咲きだが、知る人ぞ知る実力派である。
Profile
むらかみ・ゆき 1971年福岡県生まれ。武蔵野音楽大学ピアノ科卒業。2004年にアルバムデビュー。CMソングを多く手がけ、また森山良子や佐々木秀実らへの楽曲提供も行う。11年からはTBSラジオ「村上ゆきのスローリビング」のパーソナリティーも務める。11月21日にCMソングのカバーアルバム「おんがえし」をリリース。
アルバイトも音楽のある場所で
その歌声は透明感があり軽やか。それでいて渇いた心を一瞬で潤してくれるような静かな力にも満ちている。歌声の主はシンガー&ピアニストの村上ゆきさん。「CMソングの歌姫」と称されるほど、これまでに住宅メーカーや通信、百貨店など数多くのCMソングを手がけてきた。耳に残るような曲ばかりである。
幼い頃からピアノに夢中だった。家庭の経済状況を考え、一度は諦めかけた音楽の道だったが、父親の後押しもあって音楽大学へ進学した。
「金銭面で苦労をかけたので、音楽で生きていくことが親への恩返しだと思い、必死で勉強しました。生活費のためのアルバイトも、将来役立つことがあるかも知れないと思い、ライブハウスやホテルのラウンジ、結婚式場など音楽演奏のある場所を選びました」
大学4年の時、チャンスはいきなり巡ってきた。ウエートレスとして働いていた店で、急きょ弾き語りのピンチヒッターを頼まれたのだ。ただし「ピアノだけでは駄目」と言われ、思いがけず弾き語りをすることになった。
「クラシックしか知らないのにリクエストは演歌、軍歌、映画音楽と様々。プロとしてできないとは言えないし、とにかくお客さんに喜んでもらうことだけを考えて演奏しました。でも、思えばこの時の経験が原点。リクエストに応え続けたことが今の私の血となり肉となっていることは確かです」
実家が火事に。ゼロからのスタート

卒業後も弾き語りを続けた。そのうちジャズクラブに入り、弾き語りだけでなく、カルテットでも演奏するようになる。口コミで仕事も増え、27、28歳くらいから365日、音楽だけで食べていけるようになった。だが、30代に入った頃から悶々(もんもん)とするようになる。「毎日楽しいし、音楽で食べていくという夢もかなった。でも本当にやりたかったことってこれだったのかなって」
そんな矢先、実家が火事になってしまう。明るく陽気な両親が肩を落とし、いつになく小さく見えた。何とか両親を元気にしたい。そう思った瞬間、自分が音楽を仕事にする理由が一気にクリアになった。「私はただ食べていくためではなくこの両親を喜ばせるために音楽をやろう。2人にとって自慢の娘になろう」と決めた。
火事を機に、自分もまた両親と共にゼロから人生をスタートさせようと覚悟し、車もピアノも売り払い、小さめのワンルームへ引っ越した。その直後、ジャズシンガーとしてCDデビューの話が舞い込んだ。両親が失ったものと引き換えに手に入れたチャンスだと思った。
CMソングで新たな自分切り開く
2004年、ジャズシンガーとしてデビューした村上さん。その同じ年にCMソングの依頼を受けた。「作詞作曲も未経験の私にすごいむちゃぶりだと思ったのですが、ジャズクラブで即興演奏をしていたお陰で、意外にすっと入っていけました。何よりCMのニーズに応え、スタッフと一緒に曲を作り上げていくのが私自身楽しくて」
村上さんの声を世間へ浸透させたのはやはりCMソングだ。最新アルバム「おんがえし」は、そんな自分を育ててくれたCMへの感謝の気持ちを込めて製作。「CMソングの作り方を一から教えてくださった方々が過去に携わった曲を中心に、かつ誰もが知っているようなものばかりを選びました」
他の多くのアーティストのように、自分のやりたい音楽が明確なわけではない。むしろその逆。「どんな音楽がやりたいの?」と問われたら、迷わず「あなたが喜ぶ音楽をやりたい」と答える。それこそが自分が音楽を続ける意味だと村上さんは最近になって改めて思うことが多いという。
「結局、人からのリクエストが成長の糧になり、次へ進むチャンスにつながっていった。その積み重ねで今の私があるわけなので、スタンスは今後も変わらないと思います」
ゆっくりでも夢はかなう

デビューは30代になってからだ。
「ゆっくりゆっくり進んできた感じ。でも、大事なことは最後まで諦めない方がいいとつくづく思います。行きたい場所への直行便がなければ、歩いていけばいいんだし。もしかしたら、歩き出した途端、あそこへ行くなら船が出るよと教えてくれる人が現れるかも知れない。まさに私がそんな感じだったので」
正直、頑張れない時もあったが、その度に「何のために私は音楽をやっているのか」と自分に問いかけた。「問い続けている限りは、まだ自分にやる気があるという証拠。その間はまだいくらでも頑張れると思えました。それと、やはり両親の姿が目に浮かぶんです。そうすると、もうひと踏ん張りしなくちゃって(笑)」
では、自身の音楽をどんな風に楽しんでもらいたいのかを最後に聞くと、「私の歌は一生懸命聴かなくていいです。ホッと安心して頂けたら、それで十分」。言葉一つひとつが温かい。歌声に慈しみがあるのは、彼女の根っこに人への優しさがあるからなのだろう。
自慢の娘になれたかどうかはまだ分からないが、父親は毎日「いいことはあったか?」と電話をかけてくる。娘が音楽で生きている姿を心底喜んでいることは確かなようだ。
ヒーローへの3つの質問

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
薬剤師です。高校の進路選択の際、薬学部もいいなと少し思っていたので。化学系が意外に好きなんです。
人生に影響を与えた本は何ですか?
本ではなく曲なのですが、ラヴェルの「夜のガスパール」。ピアニストに憧れていた中学時代は毎日のように聴いていました。ピアノから離れていた高校時代も、この曲だけはずっと聴いていましたね。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ピアノの前に座った時、必ず「ありがとう」と心の中でつぶやきます。この場所に来られたことに感謝して。特に「私、歌えるかな」と心配な時ほど、忘れずにそうしています。
Infomation
“大人のCMソング№1歌姫”村山ゆきが放つ待望のカバーアルバム!
“ヘブンズ・ボイス”と称される優しい歌声と、クラシックやジャズに精通した卓越したピアノ演奏。通算7作目のアルバムは村上さんがアーティストとして羽ばたくきっかけになったCM音楽のカバー集。「いっそセレナーデ」「愛燦燦」、そして「積水ハウスの歌」フルバージョンなど、時代を彩った数々のCM曲が収録されている。2013年2月にはアルバムタイトルのツアーも予定されている。
CDアルバム「おんがえし」
2012年11月21日発売
発売元:ヤマハミュージックコミュニケーションズ
村上ゆきクリスマスライヴ~Snowly Slowly~
2012年12月21日(金) 汐留BLUE MOOD (問)キャピタルヴィレッジ 03-3478-9999
ツアー「村上ゆき‘おんがえし’TOUR 2013」公演予定
2013年2月1日(金)名古屋 名古屋ブルーノート (問)052-961-6311
2月8日(金)大阪 Music Club JANUS (問)サウンドクリエーター 06-6357-4400
2月9日(土)福岡 ROOMS (問)BEA 092-712-4221
2月23日(土)東京 東京オペラシティリサイタルホール (問)キャピタルヴィレッジ 03-3478-9999