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vol.145 作家 絲山秋子 自分の得意を信用しない


10年余りに及ぶ会社員生活を経て
2003年に「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞して作家デビュー。
以後、立て続けに作品を発表し、多作の作家として知られる絲山秋子さん。
やる気が先走っているのではなく
とにかく「書かざるを得ない」という感覚に突き動かされ、書き続けているのだという。

地方暮らしだから書けた小説『薄情』

東京出身でありながら、群馬県高崎市を活動拠点にしている作家の絲山さん。新刊『薄情』はその群馬を舞台にした物語だ。何事にも熱くなれず、幾つかの職を転々としている青年が、地元の人や移住者とのかかわりによって自分の内面を見つめ直し、一つの答えにたどり着くまでの1年半を描いている。

「よそ者である私が、群馬で生まれ育った人の立場で書いた小説です。主人公の静生は自己表現が決してうまくない。地元から外に出ていないことに敗北感があったり、他者への深入りを避けていたり。そんなどこにでもいる青年の微妙な心の移り変わりに共感し、楽しんでもらえたらと思います」

地方都市には学ぶことがたくさんあるという。群馬だけでなく、さまざまな地方都市の良さを感じてもらえるような小説をもっと書きたい――。そう語る絲山さんの原点は、10年余りに及ぶ会社員時代にあった。

「得意」より、「苦手」の克服のほうが喜びも倍増

大学卒業後、住宅設備機器メーカーへ就職。システムキッチンやユニットバスなどの提案型営業に従事した。

「結果が数字で明確に分かる営業の仕事が気に入っていました。もともと作戦を練るのが好きな性格。売り上げが伸びなければ、今度はこんなふうに工夫してみよう、やり方を変えてみようと考え、それを実践して結果につなげていけるのが楽しかったですね」

苦手な得意先もあったが、そういう相手にこそ積極的に営業した。すると意外にファンになってくれ、継続受注につながることも多かったそうだ。

「反対に得意なタイプのお客さんには全然売れなかったり。でも、得意なことより苦手を克服できたほうが断然喜びも大きい。自分の得意とすることを信用せず、苦手でもまずやってみることが大事なんだと学びました。だから迷った時ほど苦手を選びますね」

総合職だったので福岡、名古屋、高崎などへの転勤も経験。それが地方都市の魅力に目覚めるきっかけとなった。

「最初は不安で戸惑いもあるのですが、実際に住んでみると町それぞれが持つ考え方や文化、価値観が分かってきます。次第に私自身がその町の人に似てくる感覚もあって、そういうことを発見するのが楽しかったですね」

転機が訪れたのは入社10年目。病気で入院することになってしまった時のことだ。それまで小説家になりたいと思ったことはなかったが、暇に飽かせて小説を書き出したら自分でも驚くほど楽しくて止まらなくなっていたという。

2年間の休職を経て退職。絲山さんは小説の執筆に専念すると決めた。


PROFILE

いとやま・あきこ 1966年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、住宅設備機器メーカーに入社し、2001年に退社。03年「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞し作家デビュー。06年『沖で待つ』で芥川賞を受賞。『袋小路の男』『ばかもの』『妻の超然』『離陸』ほか著書多数。新刊に『薄情』『小松とうさちゃん』などがある。


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5月9日(金)更新

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