第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.213 バレエダンサー 柄本弾
井の中の蛙と気づいた瞬間、心に火がついた
Heroes File Vol.213
掲載日:2020/4/3
2008年に東京バレエ団へ入団し、トップダンサーとして走り続けている柄本弾さん。最近はNHK Eテレの「旅するフランス語」などテレビ番組で見る機会も増えており、その飾らない人柄から人気も急上昇!
常に努力を惜しまず、一方で挫折も繰り返してきたという柄本さんに、どのような思いでバレエに取り組み今日に至ったのか、その道のりなどを伺った。
Profile
つかもと・だん/東京バレエ団プリンシパル。1989年京都市生まれ。5歳からバレエを始め、2008年に東京バレエ団へ入団後、13年にプリンシパルとなる。20年4月25日(土)・26日(日)に東京文化会館にて上演予定のブルメイステル版「白鳥の湖」で、25日の回で主演。
ギリシャ彫刻のような容姿と、ずば抜けた表現力で見る者を魅了してやまない東京バレエ団の看板ダンサー。そんな柄本さんが、東京文化会館にて2020年4月25日(土)・26日(日)に上演予定のバレエ公演「白鳥の湖」で主演する。
「ウラジーミル・ブルメイステルの振付版で、他の『白鳥の湖』よりもドラマチックな展開が見どころ。僕は16年の初演からジークフリート王子を踊っていて、この役を大切に作り上げてきたので思い入れのある作品です」
バレエを始めたのは5歳の時だ。「レッスンはあまり好きではなかったのですが、発表会でお客さんからもらう拍手はすごくうれしかった。何となくバレエダンサーになりたいという思いはありましたが、ほかの子と同様、水泳や野球、そして部活ではバスケットボールなどのスポーツも普通に楽しんでいましたね」
プロを目指すと本気で決めたのは高1の冬。自分とは別のバレエ教室に通う男子たちと踊ったことで、柄本さんの心に火がついた。「僕以外はみんなコンクール出場の経験があったんです。同世代でこんなすごい子たちがいるんだと驚いたと同時に打ちのめされました。僕が主に通っていた教室では競い合えるような同世代の男子が少なかったので、完全に勘違いしていた。情けないほど井の中の蛙(かわず)でした」
このままではプロにはなれないと気づき、すぐに部活をやめて毎日バレエのレッスンに通い始める。「今思うとあのころが一番焦っていましたね。高3の時、プロになるならコンクールの入賞歴があったほうがいいかもと思って受けましたが、見事に惨敗。甘い考えでした」
それでも高校卒業後、日本を代表するバレエカンパニーの東京バレエ団へ入団。それまでの自身を挽回(ばんかい)すべく、5年でソリスト、7年でプリンシパルになるというハードな誓いを立てる。ハードルが高い分、頑張れると思ったからだ。ところがプリンシパルになったのは23歳で、2年も前倒しで目標を達成することができた。
「今もそうですが、僕はできるだけレッスンを休まないようにしている。自分がいないところで誰かが少しでも上達しているんじゃないかと思うと休んでいられないんです。要は負けず嫌いなだけなんですが、でもそういう日々の積み重ねが自分のレベルを上げてくれたし、何よりも周囲との信頼関係を築いていく糧になったと思います」
こうしたことが功を奏し、目標を早く達成できたのではないかと語る柄本さん。「かつて、レッスンを怠けていた10代前半の自分に、こういう地道な努力が大事なんだよって言ってやりたいですね(笑)」
今がマックスではない。課題は次々に現れる
184センチの長身によるダイナミックかつ華のあるパフォーマンスでメキメキと頭角を現し、柄本さんは所属する東京バレエ団で数々の主役を演じてきた。そして「20世紀最大の世界的巨匠」と称される振付家、故モーリス・ベジャールの代表作「ボレロ」を踊ることが許された唯一の日本人男性ダンサーでもある。
なぜ認められたのか。「分からないですね。たぶん彼の作品にマッチするダンサーだったんだと思います。彼の作品にはクラシカルな優雅さ以上に、120%以上の力を出すようなエネルギッシュな踊りが求められる。僕自身もベジャールさんの振り付けだと思いっきりはじけるように踊れて気持ちがいい。相性がいいんだと思います」
20年4月下旬は「白鳥の湖」で、7月には「ドン・キホーテ」で主演予定などプリンシパルとしてトップを走り続けている柄本さんだが、実はこれまでに挫折を何度も経験してきたという。
「新人のころ、公演本番で女性ダンサーのリフトに失敗してしまったり、振付家の要望にすぐに対応できなくて『プロだろ!』と叱られたり。もう何度悔し涙を流したか分からないほどです。それでも頑張ろうと思えるのは、やはり本番の舞台でお客さんから拍手をもらえるから。そこは子供のころと変わらないです」
同じ東京バレエ団の男性プリンシパル2人も、気持ちを前向きにしてくれる大切な存在だ。「それぞれ個性が違うので得意な所を教え合ったりして切磋琢磨(せっさたくま)できるという、すごくいい関係です。ただ、基本的にはライバル。彼らに負けたくないという気持ちがあるから、がぜん頑張ることができるんです」
最近は、NHK Eテレ「旅するフランス語」などメディアへの出演にも積極的に取り組んでいる。「日本はバレエ教室は多いのですが観賞する人が圧倒的に少ない。だから僕を通してバレエを知ってもらい、公演に足を運んでくれる人を一人でも増やしたいとバレエ以外の仕事にも力を入れているんです。それが自分を育ててくれたバレエへの恩返しになればと思って」
今30歳。人生で一番レッスンが楽しくてたまらないと語る。「短所を改善して長所を更に伸ばすことでもっといいダンサーになれると信じ、次々に現れる課題に取り組んでいます。今がマックスでもう十分と満足したらそこで成長が止まってしまう。それは怖い」
ところで、名前の「弾」には「弾丸のように真っすぐ突き進む人になってほしい」という父親の願いが込められている。その名のとおり自分で決めた道を突き進む。芯があって軽やかな踊りは、柄本さん自身の生き方でもある。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
バレエダンサーの道以外、考えたことがないんです。でももしほかにあるとしたら、体を動かすのが好きなのでスポーツ選手かなと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』です。20世紀を駆け抜けた伝説のダンサー、故ルドルフ・ヌレエフさんの真実をまとめた一冊。彼が旧ソ連から西ヨーロッパに亡命後に見いだしたシルヴィ・ギエムさんやマニュエル・ルグリさんといった、フランス出身のダンサーたちに指導を受けた者として、一度はお会いしてみたかったです。彼が常にそうだったように、僕も“舞台を支配する”ということに注力しています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
明日は公演初日だからお肉を食べようとか、例えば勝負パンツをはこうとかと決めるとかえって緊張してしまう。だからあえて普段どおりにすることを心掛けています。
Infomation
バレエ公演「白鳥の湖」で主演!
バレエの代名詞とも言える古典の名作「白鳥の湖」は、魔法によって白鳥の姿に変えられたオデット姫と彼女に愛を捧げるジークフリート王子の恋の行方を、チャイコフスキーの心揺さぶる楽曲に乗せて描く幻想的な物語。東京バレエ団の「白鳥の湖」は2016年からウラジーミル・ブルメイステルの振付版に変わり、ドキドキするようなドラマチックな舞台となった。今回の上演にあたり、ブルメイステル版の初演からずっとジークフリート王子を踊ってきた柄本さんはこう語る。「1幕目では王子はまだ本当の恋を知らず、2幕目で初恋をし、3幕目で翻弄(ほんろう)され、4幕目で真実の愛を知ります。このように王子が成長する物語にもなっているので、その過程や演技も楽しんで頂けるといいなと思っています」。もちろん王子以外にも白鳥と黒鳥、すなわちオデットとオディールの踊り分け、2幕の白鳥たちの美しい群舞、3幕の悪魔ロットバルト側の手下が総動員される迫力など見どころは満載だ。
日程:2020年4月25日(土)・26日(日)、両日とも14:00開演
会場:東京文化会館(上野公園)
指揮:井田勝大
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
主な配役:25 日(オデット/オディール:上野水香、ジークフリート王子:柄本弾)、26 日(オデット/オディール:川島麻実子、ジークフリート王子:秋元康臣)
公式サイト:https://www.nbs.or.jp/stages/2020/swan/index.html
バレエ公演「ドン・キホーテ」でも主演!
2020年7月18日(土)・19日(日)に東京文化会館(上野公園)にて開催予定の「ドン・キホーテ」。柄本さんは18日17:00開演の回で主演する。
公式サイト: https://www.nbs.or.jp/stages/2020/donquixote/index.html