
第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.220 手描きグラフィックアーティスト チョークボーイ
求める領域の仕事が意外な場所で生まれた
Heroes File Vol.220
掲載日:2020/7/31

アルバイト先のカフェで描いたメニューボードが人気を呼んだのをきっかけに、そのままそれを自身の生業(なりわい)にしたという異色の経歴の持ち主、手描きグラフィックアーティストのCHALKBOY(チョークボーイ)さん。
やりたい仕事を探し出せずに悩んだ時期もあったが、やがて見つけた現在の職業に邁進(まいしん)し、更に今その仕事の幅を広げようと努めている。
高校時代に読んだ本にあった「私は私の人生を賭けた実験の実験台である」という言葉。それを心の底に持ちつつ、あれこれ試しながら自身の生き方を楽しんでいる。
Profile
チョークボーイ/1984年大阪府生まれ。本名・吉田幸平。高校でビジュアルデザインを専攻し、ロンドンへ留学。2013年アーティストとして独立。著書『すばらしき手描きの世界』(主婦の友社)など。音楽家henlyworkとして食と音楽の融合イベント「EATBEAT!」なども開催。
黒板にチョークを使って文字やイラストを描いた看板を、カフェや飲食店でよく見かけるようになった。チョークアートと呼ばれているが、その先端で活躍しているのが「手描きグラフィックアーティスト」のCHALKBOY(チョークボーイ)さんだ。
地元の大阪市立工芸高校ビジュアルデザイン科を卒業後、グラフィックデザイン会社へ就職。でも職場が自身に合わず、体調を崩して半年で退職する。すっかり心が折れたチョークボーイさんは、次は失敗したくないという思いもあって徹底的にリサーチ。そんななかで見つけたのがロンドンの芸術大学だった。
「分野と分野の壁を飛び越えろ」というコンセプトに引かれたという。「元々音楽も好きだったので、漠然とですが音楽とグラフィックのはざまをいけるような仕事がしたいと考えていました。ただそれがどんな職業かはイメージできていなかった。だからまずその大学に入って、自分が求めている領域の仕事を模索しようと思ったのです」
しかしいざ留学してみると、どうも自分のやりたいこととはマッチしない。そこですぐに姉妹校へ編入。「そこでは身体表現や2次元のグラフィックを勉強し、また、音楽が使えて映像も学べるということでアニメーション制作も経験しました」。でも、やはりピンと来るものがなかった。結局やりたいことが明確に見つからないまま22歳で帰国し、大阪のカフェでアルバイトを始める。だが、このカフェとの出会いが人生を大きく動かしていく。

「毎日交代でバイトがその日のメニューを黒板に描くんですが、僕はサボりたくてダラダラやっていたので先輩に注意された。じゃあ怒られないためにはどうすればいいかと考えて、ことさら時間をかけて丁寧に仕上げることにしたんです。ワインやビールのラベルを模写したり、文字をアレンジしたりして」
そのうちお客さんからライブペインティングみたいと評判になる。更に社長の目に留まり、いつしか新店のオープンの度に現地へ行き、ボードにメニューを描く担当に。気づいたらポスター作りなども任されるようになっていた。
そして更なる転機が訪れる。「ある新店舗で描いたメニューボードが建築雑誌に掲載され、クレジットとして名前を入れることになったんです。実はこのころ、黒板描きで活動していけたらいいなと考えていたので、僕の存在を知ってもらえるチャンスかなって。ただ、本名では何をする人か伝わらないので、『CHALKBOY』という名を載せてもらいました」
こうしてカフェは辞め、アーティストとして独立することになる。
同業者を増やすことは仕事の幅を広げること

カフェなど店のメニューや看板を凝ったデザインで黒板に描くチョークアート。CHALKBOYさんはアルバイト先でこの技術が認められ、2013年にアーティストとして独立する。そして15年に開催した個展をきっかけにその作風は全国に知れ渡り、飲料メーカーのイメージビジュアルにも採用されるほどに。最近は黒板とチョークだけでなく、ガラスと絵の具、壁とペンキなど使用する材料や道具も多彩になり、活躍の場は更に広がっている。
今も途切れることなく仕事の依頼が来るのは、最初にチョークボーイと名乗ったことで自分に軸ができたことが大きいと語る。「『黒板描き少年』というキャラ設定をしたことで何をするにも気恥ずかしさがなくなり、プロデューサー目線でチョークボーイがどこで描いたら面白いかな、なんて考えることができるんです。それが功を奏していると思います」
そんなチョークボーイさんが、独立間もないころに力を入れていたのが、一般の人にも描く体験をしてもらうワークショップの開催だった。
「当時、次々に仕事が入ってくるので不思議に思って調べてみたら、黒板アートがはやっていることが分かりました。まずい、このままでは単なるブームで終わってしまう。一過性のものにしないためにはどうすればいいか。そう感じて考えたのが、楽しむ人の分母を増やすこと。要は、描く楽しさが根付けば流行で終わらないのではないかと思ったのです」
これが予想以上に好評を得た。しかも参加者が仕事を依頼してくれるケースも多かった。「僕の名前と技術、そして体験の楽しさを持ち帰ってもらえるし、チョークアートの価値を知った人ほど僕に仕事を発注してくれる。ワークショップは最強の名刺になりました」
更に、同業の仲間を作ることも大事だと考え、18年には「WHW!」というチームを立ち上げる。「20年7月には大阪・関西国際空港の近く、りんくうタウン駅の商業施設の壁に、旅をテーマにした絵と文字を描きました。これほど大きな規模の作業は一人では無理。仲間がいたからこそできた仕事です」
既存の職業であれば先達がいるが、チョークボーイさんは独自の道を歩んできた。ただ、先端を走っているからこそ、自分がこの仕事をやっている意義や意味をよく考えるし、それがモチベーションにもなっているという。
「黒板に絵を描くのがうまいだけでは社会的な役割は見いだせません。チョークボーイという名前に色々な価値を肉付けし、社会性のある役回りを帯びさせていくことも、また自分の仕事だと思っています」
ヒーローへの3つの質問

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
長く続けていけそうな会社を見つけて、当初目指していたグラフィックデザイナーになっていたと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
バックミンスター・フラーの自伝です。高校時代に読みました。この人によって発明されたダイマクションマップ(さまざまな形に展開できる世界地図)がすごくカッコイイと思ったのと、本の中にたしか「私は私の人生を賭けた実験の実験台である」というような言葉があって、それが今なお心に残っています。その言葉の精神は現在の僕の活動に深くつながっているように感じます。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
気合が入っている仕事の昼食時、景気付けにランチビールを飲んだりしますね。
Infomation
鎌倉のアトリエが8月オープン!
これまで東京・中目黒にあったアトリエが鎌倉に引っ越すことになった。オープンは2020年8月1日(土)の予定。アトリエでは週末にワークショップなども開催するそうなので、詳しくはチョークボーイさんが代表を務める「WHW!」のインスタグラムでチェック。
WHW!:@whw_whatahandwrittenworld
チョークボーイ:@chalkboy.me