第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.226 女優 水夏希
経験が少なくても良い視点は持てる
Heroes File Vol.226
掲載日:2020/12/11
切れ味鋭いダンスとシャープな存在感で宝塚歌劇団雪組のトップスターまで経験し、退団後は舞台を中心に活躍中の女優・水夏希さん。
今年はコロナ禍で、自粛していた期間はダンスやスペイン語の勉強、そして断捨離などずっとやりたかったことを数々実践したという。
とにかく時間を大切に生きていきたいと語る水さんに、宝塚時代と、退団後の10年間をどう過ごしてきたのか、話を伺った。
Profile
みず・なつき/千葉県出身。1993年宝塚歌劇団入団。2007年から雪組トップスターとして活躍し、10年に退団。以後、舞台を中心に活動。直近の出演は20年12月28日(月)〜31日(木)に東京・明治座にて上演予定の「チャオ!明治座祭10周年記念特別公演『忠臣蔵 討入・る祭』」。
宝塚歌劇団の男役で雪組トップスターを務め、退団後は舞台を中心に活躍する水さん。2020年は12月28日(月)開幕予定の「チャオ!明治座祭10周年記念特別公演『忠臣蔵 討入・る祭』」で締めくくる。「忠臣蔵」を題材にした、歌あり踊りありコメディーありの時代劇だ。
「今年はコロナ禍で、良い年だったねとは言い難い。だからこそこの舞台を見て、多くの人に笑って泣いて感情を爆発させて、うっぷんを晴らしてほしいなと思います」
教師一家で育った水さん。宝塚を目指すきっかけは高校時代だった。入学してすぐ新入生歓迎会でミュージカル部のパフォーマンスを見た。たちまち魅了されて入部。そして高2の時、同じ部の友人が宝塚音楽学校を受けると知って自らも受験する。1度目は試験に落ちるも、2度目に無事、合格を果たした。
宝塚歌劇団には1993年に入団。バレエを始めたのが高2で、かなり出遅れている自覚があって入団後もレッスンに相当時間を費やした。そんな努力のかいあって3年目で新人公演の主役に抜擢(ばってき)。入団7年目までの若手によって行われる公演だが、3年目での主役は異例の早さだった。「何の準備もなく、自信もない。これが悪い夢だったらいいのにって何度も思ったほどです」。そんな水さんに手を差し伸べてくれたのが先輩の天海祐希さんだ。「ご自身は入団10カ月で新人公演の主役を経験。たぶん私以上にご苦労されたのではないかと。化粧や演技だけでなく、小道具の使い方までつきっきりで手取り足取り教えてくださいました」
その後、水さんはめきめきと頭角を現し、クールでシャープ、かつ色気のある男役として飛び抜けた人気を獲得していく。そして入団14年を経て、満を持して雪組トップスターとして活躍。70~80人のメンバーから成る雪組のトップとして、心掛けたことが二つある。
まずは天海さんがたくさんのことを惜しみなく教えてくださったように、自分の引き出しにあるものはすべて伝えることだ。稽古中も公演中も気になることは何でもすぐにアドバイスした。もう一つはみんな平等だということ。「確かに舞台を多く踏んでいる上級生は経験値が高い。しかし舞台経験の少ない下級生でも、良い視点があればそれが雪組の新たな可能性になる。だから全員に対して一人の人間として向き合い、意見を聞きました」
実は、トップ就任時から「退団」を見据えていたという水さん。「いつまでも居続けられるポジションではない。次の目標として退団を掲げ、そこまでに最大限のことをやり遂げるのが大事だと、そう思ったのです」
思わぬ壁に学びのチャンス
2010年9月に宝塚歌劇団を退団後、活躍の場を舞台に移して新たなキャリアをスタートさせた水さん。「劇場の公演チラシのどれかに必ず顔が出ていること」を目標に、貪欲(どんよく)に数々の舞台に挑戦していった。
しかし、水さんには常に宝塚出身であるがゆえの葛藤と苦悩が付きまとっていたという。「宝塚で得たもので使えたのは根性だけ。培ってきたスキル、例えば声の出し方や感情の込め方、しぐさなど私が習得した『宝塚の型』がまったく通用しなかったんです。稽古では『立ち居振る舞いが美しすぎる』とダメ出しされ、本番では 『女性』を演じたつもりなのに『さすが元宝塚の男役だけあってかっこ良かった』と評されてしまいました」
男役が抜けるのに、10年はかかるとも言われる。「だったら私は6、7年で何とかするぞ」と息巻きつつ、「気づけばいつも、自分が表現しているものとお客さまが受け取るものとのギャップを埋める作業をしていましたね」。
ところが最近になって、「宝塚っぽくなくなったね」「宝塚のご出身だったんですね」などと言われることが増えてきた。「おそらくこの10年、一女優として、また女性として生きてきたことが大きいと思います。やはり10年かかりました(笑)」
幸い、宝塚で培った根性は健在だ。退団以降も決して怠けることなく、毎回オファーを受けた作品には真摯(しんし)な姿勢で取り組んできた。「この仕事って、何より色んな人生を生きられるのが楽しいし、さまざまな俳優さんたちと出会えるのもうれしい。20年の年末に出演する『忠臣蔵 討入・る祭』は、私以外は全員男性の若手俳優たち。彼らの感性、エネルギーに刺激を受けながら稽古に励んでいます」
そんな水さんは、時間をすごく大切にしているという。「やっておけばよかった」と後悔しても時間は戻ってくれないからだ。「思い立ったら吉日。やろうかなと思った瞬間にスタートしなければ、時はどんどん過ぎていく。だから気になることはまずやってみます」
もちろん、それでうまくいかなかったことも多々ある。「なぜ私がこんな目に遭うの?」と思う展開になることもしばしばだという。そんな時、水さんは「この出来事から何を学べと言われているのか」と自問する。乗り越えられない障害が降りかかることはないと考え、そこにこそ学びがあると正面から受け止める。「要は外に文句を言っていても変わらないということです。自分を変えるしかない」。それを実践する「ネガティブ出身のポジティブ人間」だそうだ。だから強い。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
教員一家に育ったので先生でしょうか。妹と同じ体育の先生になってたのかなって思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
本ではなく舞台ですし、めちゃめちゃ最近のことですが、今年10月に上演された「KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『人類史』」です。人類の歴史200万年を描いた壮大な物語。その中に地動説を信じない人たちをガリレオが説得するシーンがあって、「人に言われたことではなく、自分が実際に見て納得して理解したことが身になる」というような内容のセリフがあったんです。確かにそうだなと思い、そのメッセージが心に残っています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ひたすら神頼みをします。この間、友人と話していて、神頼みって結局、自分を信じることではないかと気づいたんです。神様に祈る瞬間、そこに気持ちをフォーカスすることで、目標に近づく集中力とエネルギーを自ら出しているのではないかと。何だかそんな気がしています。
Infomation
舞台「忠臣蔵 討入・る祭」に出演!
演劇製作会社る・ひまわりと創業145年を超える老舗大劇場の明治座は、2011年からタッグを組み、「年末“祭”シリーズ」として、歴史の「もしも」に着目したオリジナル解釈の演劇公演を上演してきた。そして今回、記念すべきそのシリーズ10周年を飾る題材は「忠臣蔵」! 「チャオ!明治座祭10周年記念特別公演『忠臣蔵 討入・る祭』」と題し、第1部では不朽の名作「忠臣蔵」に斬新な解釈を取り入れた、今までにないまったく新しい時代劇「O-ICCEAN'S11 〜謎のプリンス〜」を上演する。これに出演する水夏希さんは「時代劇として成立しつつもコメディー要素がふんだんに織り交ぜられていますし、若手俳優たちのアドリブ合戦もあります。年忘れのイベントとして皆さんと一緒に楽しめたらいいなと思っています」とコメント。なお第2部「煮汁プロジェクト」では、「旨味(うまみ)と出汁(だし)の利いた世界一の“側用人”グループ」を作るための側用人公開オーディションを開催。更に今回はシリーズ初の全公演ライブ配信もあり!
日程:2020年12月28日(月)~12月31日(木)
会場:明治座(東京都中央区)
第1部出演者:平野良、小林且弥、安西慎太郎、辻本祐樹、水夏希ほか
公式サイト:https://chu-ru.jp