
第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.13ミュージシャン 山口隆
変化への切なる願い
Heroes File Vol.13
掲載日:2009/11/6

「そもそも、勝ち組、負け組っていう言葉もおかしいと思うんですよ。『負けてない組』ってないんですかね」何気なく、けれどひとつひとつが鋭く真実を突く言葉は、彼の作る歌詞そのものだった。「日本語ロック」にこだわり、愚直なほど真っすぐなメッセージを発信し続けるサンボマスター。唄とギター・山口隆さんの音楽への思いとは?
Profile
やまぐち・たかし 1976年福島県生まれ。東洋大学在学中に木内泰史、近藤洋一と出会い、2000年2月にロックバンド「サンボマスター」を結成。2003年アルバム『新しき日本語ロックの道と光』でデビュー。一般リスナーのみならず、音楽・出版業界にも熱烈なファンを持ち、映画、ドラマ、CMで多くの楽曲が起用されている。公式ウェブサイト(http://www.sambomaster.com/)
僕が寄り添い続けたいのは人の心、美しい音楽
このインタビューの直前まで、スタジオでリハーサルをしていたという山口隆さん。「ツアーの準備ですか」と伺うと、少しバツが悪そうにこう答えてくれた。
「いや僕ら、暇があるとすぐスタジオに入っちゃうんです。音楽を聴いているか、演奏しているか。どうもそれしかすることがないんですよね(笑い)」
心にわだかまる焦りや怒り、日々生きることの悦(よろこ)びやおかしみ。誰もが実は隠し持っている痛いほどの思いを、赤裸々に歌い上げるロックバンド「サンボマスター」。その楽曲とパフォーマンスは、瞬く間に人々の心をとらえ、「サンボマスターは君に語りかける」(2005年)がセカンドアルバムにしていきなり20万枚超を売り上げる大ヒット。一躍スターダムにのし上がった。
「変わり続けていきたい」と話す山口さんだが、その一方で「変わらずにいたい」という気持ちもあるのだという。
「聴く人の心に、いつでも新鮮な驚きを届けたい。ドキドキさせたい。一緒にドキドキしたい。『うわ、なんだこの曲』と言ってもらえることは、僕には褒め言葉です」
この11月に発売される新曲は、彼らにとって初のバラードシングル。ピアノソロのイントロで始まるサンボマスターなんて、それだけでかなりの驚きだ。「変わり続けているんですね」と伝えると、「本当っすか」と少年のように顔をほころばせた。
しかし「変わらずにいたい」という思いも、きっとミュージシャンのさがなのだろう。
「僕らのためにいろいろなスタッフが動いてくれている。ライブにはたくさんのお客さんが来てくれる。本当にありがたいことです。だからといって組織の力学に迎合したり、成功者っぽく振る舞おうなんて思い始めたら、音楽を続ける意味がなくなってしまう。だいたい成功者って何だよ、それっぽいっておかしいじゃねぇかって、まず僕の中の自分が言ってくるんですよね。僕が寄り添い続けたいのは、人の心、美しい音楽。それだけはずっと変わらない。変わっちゃいけないと思うんです」
時給900円のバイト生活 それが昨日までの僕の姿

学生時代から御用達のスタジオを今も使い続けているという。バンドを結成して間もなく10年。山口さんの音楽の源は変わることなくそこに在り続ける。
「変わりたい。変わらなきゃ。そんなこと自分が一番よく分かっている。でも、環境がそれを許さないことってありますよね。日々の暮らしや仕事に疲れすぎて、前に進むパワーなんて少しも残らない。そんな人たちの気持ちが、僕にはすごくよく分かる。分かるっていうか、昨日まで自分自身もそうでしたから」
大学卒業後、いつまでたっても就職先が決まらない。「正社員登用あり」とは名ばかりの会社で、時給900円のアルバイトとして働き続けた。在職中に変わったことといえば、時給がたった10円上がっただけ。
「こんな所にいたら、ダメになる」
そして、抜け出すために、苦しみ、もがいた。その、山口さん自身の軌跡がサンボマスターの原点となる。
立ち位置を少しだけずらせば見えなかったものが見えてくる
ため込んだ感情を爆発させるかのようなサンボマスターのパフォーマンス。けれど、山口さんの熱いステージアクトに「怒り」の感情は無縁なのだという。
「怒りの感情は抑え込んだり、ため込んだりしちゃいけないんです。怒りって、逃してあげたほうがいいんですよ。僕のパフォーマンスの源になっているのは、業の深さとでも言うのでしょうか。お客さんとつながりたい、伝えたいという欲求と、自分自身のいろいろなコンプレックスがない交ぜになって、どうしようもなくなってしまうんです。音楽が成立する程度にはコントロールしないといけないって、いつも反省しているんですけど(笑い)」
アルバイト時代、自分を変えるために試みた方法。それが、「逃す」ことだった。
「自分はなんてダメな男なんだとか、ちくしょう、つまんないことでしかりやがってとか、負の感情がわき起こる場面は日々限りなくあるわけです。でも、負の感情って怖い。それに身を任せることは、自分に呪いをかけることと同じなんですよね。だから僕は『逃げ上手』を目指しました」
その、一番の味方は「笑い」だったという。烈火のごとく怒っているバイト先の上司。でも「この人、声が裏返ってるじゃん」と気づくとか。ライブが始まったらお客さんがたったの7人。「これってギャグか」と思ってみるとか。そんなささいなことでいい。
「いっぱいいっぱいの暮らしの中で、劇的に変わることは難しいですよね。でも、立ち位置を少しだけずらして自分を客観視すると、ほんのりとゆとりができるんです。つらいことしか見えなかった目に、新しいことが飛び込んでくる。例えば、『隣の部署の女の子、よく見るとすげぇかわいいじゃん』みたいな大切なことが(笑い)」
「変わる」って、そういうことなんだと思う、と山口さんは言う。
「赤ん坊を見た時に思ったんです。赤ちゃんって自由で柔らかいでしょ。きっと、心も柔らかい方がいいんだって。身構えて硬くなるより、柔らかな自分でいた方が心安らかにいられるんじゃないかって」
暗闇に負けそうになる心を音楽は中和してくれる

そして、かつての自分のような人たちに向けて、負の感情からまだ完全に逃れきれていない自分にも向けて、山口さんは歌い続ける。道を共にするのは「運命の出会い」を果たした2人のメンバーだ。
「サンボマスターを結成して初めて3人で音を出した時、最高すぎて『このまま解散してもいい』と思いました(笑い)。音楽で食べていくなんて絶対に無理と思い込んでいたのに、このメンバーとなら自分をさらけ出してもいい、世界中の人に笑われたって構わないと思えた。出会えたこと。それが僕にとって一番の幸せでした」
音楽は、暗闇に負けそうになる人間の心を中和してくれるもの。だから、演奏しなくても聴くだけだって幸せだと言う。
「ツアーやレコーディングが終わっても、バカンスに行こうなんて思わないんです。だって、家に帰ればジョン・レノンもボブ・ディランもいる。スタジオにはメンバーがいる。それで十分、人生最高ですよ」
ヒーローへの3つの質問

現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
アルバイト生活が続いていたんじゃないですか。正社員になりたくても、僕はいつも面接で落とされていました。正直、将来を考えたことなんてほとんどなかった。「激変の時代」「空前の不況」と言われ続けて育っているので、10年後の自分を想像することなんてできなかったんです。
人生に影響を与えた本は何ですか?
1冊挙げるとすれば、「井伏鱒二対談集」。河上徹太郎さん(音楽・文芸評論家)や開高健さん(小説家)など、親交の深かった文芸人との対談集です。井伏さんの晩年のものだと思うのですが、ごく普通の会話なのに、温かみとユーモアがあふれていて、なぜか心が揺れたんですよね。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
「勝負待ち受け」。ショーケン(萩原健一)さんと対談させていただいたときに、撮影した自分とのツーショット写真を携帯電話の待ち受けにしています。僕、本当にショーケンさんが大好きで、ずっと憧れていて。あまり験(げん)をかつぐほうではないんですが、この写真を見るとすごく元気が出てくる。お守りのような写真なんです。
Infomation
サンボマスター半年ぶりのシングルは 上質のラブバラード「ラブソング」
ピアノソロで始まるイントロが、新鮮な驚きを持って優しく耳に届く「ラブソング」。「自分のなかにある『美しい音楽』を形にしたかった」と話す山口さんの思いが、普遍的なメロディーと共に結実した珠玉のバラード。カップリング曲は、現在、ミネラルウォーター「いろはす」のCMソングとしてオンエア中の「世界をかえさせておくれよ」。元気の出るアップテンポナンバーだ。
「ラブソング」
2009年11月18日発売
定価/【初回限定盤(ミュージックビデオ収録)】¥1,575(税込)、【通常版】¥1,233(税込)
発売元/ソニー・ミュージックレコーズ