第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.7チェリスト 古川展生
夢と希望に燃えて日々練習
Heroes File Vol.7
掲載日:2009/8/14
東京都交響楽団の首席チェリストという立場に安住することなく、ソロ活動やポップス・ジャズなど他ジャンルのアーティストとのコラボレーションと活躍の幅を広げ続けるチェリスト古川展生さん。チェロの演奏技術のみならず、端正な顔立ちとトークの楽しさで大人気だ。そんな古川さんにチェロの魅力と、第一線で活躍し続けるために心がけていることをうかがった。
Profile
ふるかわ・のぶお 1973年京都府生まれ。桐朋学園大学卒業後、ハンガリー国立リスト音楽院に入学。98年帰国後、東京都交響楽団首席チェロ奏者に就任。ソリストとしても国内外の多くのオーケストラと共演。ポップス、ジャズなど他ジャンルのアーティストとのコラボレーションも積極的に行う。2007年には妹尾武(ピアノ)、藤原道山(尺八)とユニット「KOBUDO -古武道-」を結成。9月14日(月)、15日(火)には古武道コンサート「時ノ翼」が浜離宮朝日ホールにて開催予定。ソロでは10月9日(金)紀尾井ホールにてチェロリサイタルを予定。詳細はオフィシャルサイト http://furukawanobuo.com にて。
中2でプロになると決意し高校から上京、音楽の名門校へ
チェロの音は、周波数が人の声に一番近いと言われている。音域も広く、甘く、温かく豊かな音色が人の心に深く訴える。「舞台上での存在感があるのも好きなところ。奏者が楽器と一体となり、一つのフォルムを作れる。それもチェロの魅力だと思います」
東京都交響楽団で首席チェリストを務める傍ら、ソロやユニットではジャンルを超えて活躍する古川展生さん。昨年は映画『おくりびと』でテーマ曲のソロ演奏を担当し、話題を呼んだ。人気、実力とも各方面から注目を集めている。
チェロとの出会いは9歳。クラシック好きな両親の勧めで、高名なチェリスト、故・井上頼豊先生に師事したのがきっかけだった。「最初は全く音が出ず、何て難しい楽器だろう、と。両親はやるなら毎日10分でいいから練習しなさいと言うし、とにかくやってみようという感じでした」。井上先生の、一人ひとりの個性に合わせたメソッドによる指導で徐々にチェロに惹(ひ)かれていき、中学2年の時にはもうプロになると決めていた。
そして、京都から単身上京。東京の桐朋女子高等学校音楽科(共学)へ進学する。音楽家として成功するためには早い段階で専門教育を受けておきたいと思ったからだ。
「15歳の子どもにしてはすごい決断でした。よく両親も許してくれたと思う。でも、それだけ覚悟して上京したので、高校時代には毎日8時間以上も練習をしていました。あまり人に努力を知られたくないタイプなので『こそ練』でしたが(笑い)」
努力のかいあってメキメキ頭角を現し、同学園のアメリカ演奏ツアーに大学生に交じって参加。その時、カーネギーホールで演奏を経験できた高校生は古川さんただ一人だった。「名誉ある経験のお陰で注目され始めたこともあり、どこか浮かれていました。生活も不規則になり、このままではまずいと思っていた矢先に左の薬指を骨折。チェロが弾けなくなってしまった。3カ月後、久々にチェロを触った時には以前の感覚が全くなくなっていて、本当に焦りました。同時に、神様はちゃんと見ているんだな、と」
まさかの落選が転機に 留学先では本気で猛練習
ところが挫折はさらに続く。大学2年で受けた日本音楽コンクールで落選したのだ。優勝間違いなしと周囲の期待も大きかっただけに、相当ショックだったと言う。「様々なことに浮かれ、地に足の着かない生活の日々。それでも周りから高く評価されるので調子に乗っていたのが原因。それだけに恥ずかしかったし、悔しくてたまらなかった。さすがにこれを機に心を入れ替えました。大学生活後半は死ぬ気で勉強したし、留学したハンガリーのリスト音楽院でも毎日、相当練習に励みましたね」
そして帰国と同時に25歳で都響の首席チェロ奏者に就任。それから12年になる。大学2年で味わった苦い経験以降、頑張り時には誰よりも努力するようになった。「思うように弾けないとか、自分に対するふがいなさ、悔しさがバネとなった気がします。だから頑張ろうと思うし、練習する。それは今も変わらないですね」
ジャンルにこだわらず演奏。いろんな役割が今は楽しい
活動の基本はクラシック音楽。東京都交響楽団の他、ソリストとしても活動。室内楽も行う。加えてポップス、ジャズなどクラシック以外の音楽を演奏する機会も増えている。「お陰でチェリストとしていろいろな役割を演じられるし、そのつど様々な表現に挑戦できる。それが今はすごく楽しい」
ソリストとして演奏する場合は、いかに自分らしさを100%出すかを考え、偉大なる作曲家たちの曲を魅力的に再現することに集中する。室内楽ではパートの一つとして自分の役割を意識し、一つの曲を完成させる。そうやって、様々な立場から音楽を作り上げることが喜びだと語る。「オーケストラは大勢で一つの曲を演奏しますが、その瞬間のハーモニー感がたまらない、快感です。指揮者や他の楽器の奏者からいろんなものを吸収させてもらえ、自分の引き出しも増えていく。しかも、オーケストラで蓄積した経験がソロですごく役立つんです」
ジャンルを超えたコラボレーションも刺激的で面白いという。特に力を入れているのがピアノの妹尾武さん、尺八の藤原道山さんとのユニット「古武道」の活動だ。「クラシック演奏は作曲家の曲の再現ですが、古武道では、何もないところから新しいものを自由な感性で創(つく)り出せる。自分のキャパシティーも随分広がりました」。他ジャンルのアーティストと共演するようになってから、演奏が柔軟になったと言われるようになった。「気づかないうちにいろんなものを吸収し、成長させてもらっているんですね」
自分の存在価値を見いだしたいから努力する
どんなに経験を重ねてもいまだに本番は緊張するという。「自分には、あんな風に緊張できる瞬間があることが喜びになりつつあるのですが。とにかくお客さんに満足していただける演奏をするためには自信が必要なんです。その自信を強く持つため、今も練習は欠かさないですね」。プロにとって練習も仕事の一つという。「弾けるようになれば練習しなくてもいいというものでもない。特にクラシックは新しい曲に取り組む際、音楽を構築するため準備期間が長く必要です。そのため何度も練習を繰り返します」
では、第一線で活躍し続けるために、練習以外で意識していることは何だろうか。成長度合いが分かりづらい仕事だけに、モチベーションはどう高めているのだろうか。
「自分の存在価値を常に考えています。自分にとっても他の人にとっても存在価値を見いだせる人間でありたいから。成長度合いに関しては、チェロは右手のテクニックが重要なので、自分がどこまで弾けるようになったかはそこで判断することも。でも、力量はテクニックだけの問題ではないので、それ以上に冷静に自己評価し、自分を向上させることを意識しています」
演奏家はお客さんあっての職業。だからこそ、一人でも多くの人に演奏を聴いてもらうために努力するのは当然。その思いもモチベーションになっていると語る。
モットーはポジティブシンキング。嫌なことは一晩寝たら忘れる。そうやって自身を鼓舞し、古川さんは前へと走り続ける。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
中学のときからもうプロのチェロ奏者になろうと思っていたので、別のどんな仕事に就いていたかは想像できないのですが、もし、「やってみたい仕事」と言うことであれば、幼い頃から英才教育を受けた上で、プロゴルファーになりたいです。
人生に影響を与えた本は何ですか?
渡部昇一さんの「知的生活の方法」(講談社現代新書)。中学生の時に読み、「人生こんなふうに生きなきゃいけないな」と思ったのと同時に、こういう本を読んで頑張ろうとする自分がカッコイイな、なんて悦に入っていました(笑い)。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
「勝負ブラックコーヒー」でしょうか。コンサート直前には必ず熱いブラックコーヒーを飲みます。
Infomation
KOBUDO -古武道-
3rd Album「時ノ翼」絶賛発売中
古川展生(チェロ)、妹尾武(ピアノ)、藤原道山(尺八)。異なるジャンルで活躍する3人のトップアーティストが2007年に結成したユニット「KOBUDO -古武道-」。すでに2枚のアルバムを発表し、全国各地で積極的なコンサート活動を行っている。そんな「KOBUDO -古武道-」が2009年6月24日にリリースした最新アルバム「時ノ扉」が、現在絶賛発売中。テレビや舞台のために書き下ろした作品からカバー曲まで、「和」を大切にした彼らならではの世界観が広がる、魅力満載のアルバムだ。
「時ノ翼」
CD:定価/¥3,000(税込み)
発売元/コロムビアミュージックエンタテインメント