第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.8歌手 郷ひろみ
スローバラードな人生を
Heroes File Vol.8
掲載日:2009/8/28
歌手デビューから38年経った今もなお、精神的にも肉体的にも魅力を増し続けている郷ひろみさん。あらゆる世代から支持され、永遠の大スターとしていつまでも変わらないイメージがあるが、本人は「実はここ数年で僕自身、ものすごく変化しているんです」と語る。その言葉の意味は? 常にトップを走り続ける郷さんの素顔に迫った。
Profile
ごう・ひろみ 1955年福岡県生まれ。72年「男の子女の子」で歌手デビューし、日本レコード大賞新人賞を受賞。ドラマや映画、舞台にも出演。「よろしく哀愁」「お嫁サンバ」「GOLDFINGER ’99」を始め、数多くのヒットを飛ばす。2002年活動を休止し渡米。05年に復帰。近著に「NEXT 明日の僕がいちばん!」(講談社)。9月2日にニューシングル「Get Real Love ~GOLDFINGER ’009~」をリリース。
力量のなさを感じていた10代 どうしても自分を変えたかった
今年9月、「GOLDFINGER ’99」の発売10周年を記念し、セルフリメーク曲「Get Real Love ~GOLDFINGER ’009~」をリリースする郷ひろみさん。これまで数多くのヒットナンバーを生み出してきた郷さんだが、「GOLDFINGER ’99」には特別な思いがある。
15歳で芸能界へ入り、16歳で歌手デビュー。甘いマスクとキュートな歌声で、あっという間にトップアイドルの座についた。最初は何も分からず流されるままだったが、3年たった頃から自分の力量のなさに気づき痛烈な危機感を覚え始めた。
「歌えていないし、踊れていない。このままでは長く歌い続けるのは難しいと思い、19歳から年に1回ニューヨークへ行き、ボイストレーニングを受けるようにしたんです」。どうしても自分を変え、この壁を乗り越えたかった。とはいえ、短期間で劇的な変化が訪れるわけもない。30代半ばでバラード3部作「僕がどんなに君を好きか、君は知らない」「言えないよ」「逢いたくてしかたない」と出会い、「ようやく歌えるようになってきたかな」とは思った。それでもまだ足りていない自分を感じずにはいられなかった。
「それで1998年、3年後にいったん芸能活動を休止して渡米しようと決めたんです。すでに40代、最初の離婚直後でしたね」
3年後と区切ったのは仕事の調整と、自分の気持ちが本物かどうか見極めるためだった。ところがその間に出した「GOLDFINGER ’99」が大ヒット。人気もさらに急上昇、歌手としての状況もどんどん良くなっていく。当然、「絶好調の最中に休業するなんて」と周囲は引き止めた。しかし、自身の意志が変わることはなかった。
「このまま足りないものを感じつつ、ごまかしながら郷ひろみを続けるか、それとも、二度とこのポジションに戻ることができないとしても、今以上のレベルに達することを信じて渡米するか。まさに究極の選択でした。でも、僕は自分をごまかしたくはなかったので、アメリカへ渡りました」
一つ山を登ったら、次を目指し自分の意志で下りる
もともと人の評価は気にしない。他人と自分との比較もしない。「他人と比較しても結局、無意味な優越感とつまらない劣等感しか生まれないから」だ。あえて比較するなら「やった自分」と「やらなかった自分」。5年、10年先を見据えてどちらが後悔しないか。判断はそこに尽きる。
「一つのポジションに安住したいとは思わないんです。山を登ったら、自分の意志で能動的に下りる。下りる途中の僕を見て人は『今の郷ひろみは良くないね』と言うかもしれない。でも、僕自身は次の頂上を目指すために下りているという意志があるからどう評価されようが惑わされないんです」
郷さんは言う、人生はスローバラードを歌うのと一緒だ、と。ゆっくり始まり、サビや大サビで盛り上がり、美しい余韻を漂わせながらエンディングへ向かう。「途中で判断されるのではなく、すべて歌い終わった時に絶大な拍手がもらえるよう僕は生きたい」。そんな思いがあるからこそ、プロセスに惑わされず、自分の意志とペースで行動できるのだろう。
自分の声を手に入れた瞬間いよいよこれからだと思った
2002年、渡米した郷ひろみさんは大きな幸運に恵まれた。世界で3本の指に入るボーカルトレーナーと出会い、レギュラーで教えてもらうことができたのだ。
「彼のレッスンを受け始めて3年たった頃、自分の声が見えたんです。目の前できれいに共鳴し、見事に渦巻いている声。これこそまさに僕が30年ずっと探し続けていた本当の声でした」。40代後半になって、お金では買えないかけがえのないものをようやく手に入れた瞬間だった。
「本当に年齢は関係ない。あきらめず努力し続ければ思いはかなう。人間は運命すら変えられるのだと思いました」
05年に帰国し、音楽活動を再開。幸いにも休業の代償は少なかった。それ以上に「確実に歌がレベルアップしたのが自分でも分かるのでうれしくてたまらなかった」。もちろん、求めていた声を手に入れたからといってこれで終わりではない。
「僕にはこれでいいと思うことがないんです。そう思った瞬間に成長が止まるから。たとえば、自分の情熱を25度と温度設定してしまったらそれ以上は上がらないでしょう。だから、帰国直後も『いよいよこれからだ』という意識が強かったですね」
それにしても、どうしてそれほどまでにストイックに、前向きに頑張れるのか。
「実は昔はあきっぽくて何をするにも長続きしなかった。それがここまで我慢強くなったのは、20年以上続けているトレーニングのお陰だと思う。肉体を鍛えることで心も強くなった気がします」
ちなみに取材前日にコンサートがあり、帰宅したのは午前1時。にもかかわらず、この日もいつも通り早朝に起床しゴルフを1時間、その後ジムで5キロ半のランニングと筋トレ、ストレッチを 2時間行ってきた。
「運動ってきついし、苦しい。プロではないからごまかして適当にやってもいいんだけど、あえて自身を鼓舞しながら続けてきた。それによってモチベーションの高め方も自然に身についた気がしますね」
錆(さ)びない自分に必要なのは思考、行動、そして継続
ポジティブに前を見据え、自分の夢を獲得していくにはどうすればいいのだろう。
「心の中でひそかに思っている『辞めたいこと』『始めたいこと』から手をつけてみるのがいいと思う。たとえば、『タバコをやめたい』『ダイエットをしたい』でもいい。どんな小さなことでも実行できるとそれが自信になり、新たな扉を開いてくれる。考えているだけではなく、行動を起こすことが大切なのです」郷さんの頭にはいつも、いかに「思考」「行動」「継続」するかしかないのだという。
「さらに言うと、思考を導くのは信念であり、行動を後押しするのは情熱。そして継続を支えるのは忍耐。特に、夢が大きいほど真剣に取り組む時間も長くなるものですが、忍耐があれば乗り越えられる。そう信じて僕は日々生きているようなところがある。たぶんそれは変わらないと思う」まさにこれこそGOイズム。ただ、この郷さんの人生方程式、恋愛には通用しないとのこと。「相手がいることなので。そこが難点です」(笑い)。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
15歳でこの道に入ってしまったので、考えたことはないですが、あえて挙げるなら歯科医かな。親戚が歯科医だったのと、歯科の専門用語の基礎となるドイツ語を高校の必須科目で履修していたから。歌って踊れる歯医者さんになっていたかも(笑い)。
人生に影響を与えた本は何ですか?
浅田次郎さんの「蒼穹の昴」。中国の貧しい、糞を拾って生活している少年が「お前は頂点に立つ人間だ」という占い師の言葉を信じ、都へ上がっていく話です。少年はその占い師の言葉が嘘だと知っていた。しかし、自分の運命は自分で変えるとその時決意し、見事に結実させたわけです。人間には確かに定められた運命があるのかもしれない。でも、自身にエネルギーと情熱と意志があれば、自らの運命を変えられるんだ、人生は自分で作っていけるんだと教えてくれた一冊です。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
「勝負約束」。コンサートが始まる直前、楽屋で必ず1人の時間がありますよね。そのとき必ず、「今日、最高のパフォーマンスができるよう力を貸してください」と祈ります。それは、自分への暗示であり、コンサートへ足を運んでくださったお客さん全員に楽しんでもらうことを自分と約束する、セレモニーになっています。
Infomation
New Single 「Get Real Love ~GOLDFINGER’009~」
2009年9月2日リリース!
1999年に発売されると同時にメガヒットし、もはや国民的ソングとも言える「GOLDFINGER’99」発売10周年を記念して、郷ひろみさんが自らサンプリングに挑んだアニバーサリーソング。「オリジナルの良さと、今の音楽をうまくミックスさせた、かなりご機嫌な曲です!」と郷さん。夏にオススメの1枚です。
「Get Real Love ~GOLDFINGER’009~」
特別感謝価格/¥1,000(税込)
発売元/ソニー・ミュージックレコーズ