第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.30タップダンサー 熊谷和徳
ニューヨークでタップの精神を学ぶ
Heroes File Vol.30
掲載日:2010/7/9
伝説のダンサー、振付師であるグレゴリー・ハインズに絶賛され、2006年にはアメリカの「ダンス・マガジン」で「観るべきダンサー25人」に選ばれるなど、世界的にもトップクラスの実力を持つタップダンサー、熊谷和徳さん。タップダンスとの出合いや、現在の即興ソロスタイルを確立するまでの道のりをうかがった。
Profile
くまがい・かずのり 1977年宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米してタップの修業に励む。2004年帰国し、現在はニューヨークと日本を拠点に世界各地で活躍。8月31日、東京オペラシティ コンサートホールにて東京フィルハーモニー交響楽団との公演「REVOLUCION」を予定。
高校になじめない自分の気持ちにタップが合った
床を打つタップシューズが強烈なビートを刻む。見事な足さばき、そしてパワフルな音とリズムに圧倒され、たちまち誰もがその斬新なパフォーマンスに惹(ひ)き込まれる――。
今、最も注目を浴びているタップダンサー熊谷和徳さん。
5歳の時、テレビで観(み)たマイケル・ジャクソンにあこがれた。「マイケルが影響を受けたというタップダンサーの話が心に残り、そのビデオを小学生の頃によく観ていました」
実際にタップを始めたのは15歳。グレゴリー・ハインズ主演の映画『TAP』を観て「これだ」と思った。「牢屋(ろうや)で一人踊るグレゴリーがかっこよかったのと、その姿が当時、高校になじめずにいた僕の気持ちにフィットしたんです」
早速、地元のカルチャー教室で、大人に交じってタップを習い始めた。
転機は高校卒業後の浪人時代。漠然と医者になりたいと思っていたが、「本当にそれが自分のやりたいことなのかどうか分からなかった」。出した結論がニューヨーク(NY)への留学だった。
「悶々(もんもん)と考えていてもしかたない。まず動き、向こうで将来を決めようと思った」
NYで学んだタップは感じたままを即興で表現
NYでは、大学で心理学を学びながら、タップダンサーが集まるジャズクラブを見つけて足しげく通った。
「日本でタップの基礎を徹底的に練習していたので技術はあったのですが、NYでは『技術はもういい、もっと情熱を持って踊れ、魂で踊れ』と再三言われました。とはいえ、どうやって内面を表現したらいいのか全然分からなかった。それが最初の壁でした」
ミュージカル「ノイズ&ファンク」の養成学校に日本人として初めて入学し、タップの歴史や文化も学んだ。「タップは、黒人が奴隷時代に生み出した表現手段。彼らにとってはアイデンティティーにかかわるすごく大切なもの。タップのルーツ、精神を彼ら自身からリアルに学べたことは、とても貴重な経験でした」
悔しい思いをしたこともある。20歳の時だ。ノイズ&ファンクのオーディションに合格したのに出演できなかった。
「ショックでかなり落ち込みました。でも、結果的にはそのお陰で、ソロというスタイルで、自分の感じたままを即興で表現するアーティストという、今のスタイルを目指すきっかけになりました」
タップ修業の傍ら、大学へも通い続けて卒業。専攻していた心理学が面白かったのもあるが、「教授が『タップという好きなことがあるのは勉強にもプラスになる』と励ましてくれたのが大きい」と言う。
帰国後はジャズクラブで飛び入りで即興の修業
熊谷さんのタップダンスの独自性は、ソロで即興で行うこと。そして踊るというよりも音楽としてタップをとらえ、自分がどんな音やリズムを出すかに重点を置いていることにある。その原点はNYでの経験にあった。
「あるジャズクラブで、客は誰も聴いていないのに、すばらしい演奏をしているミュージシャンたちがいたんです。あまりに感動したのでセッションさせてもらったら、場も盛り上がり、演奏者たちもすごく喜んでくれて。それからですね、様々な場所で飛び入りセッションをさせてもらうようになったのは。知らない場所、知らない人、そして知らない曲の中で、どうコミュニケーションを取り、どんな音、リズムを即興で奏でていくか。毎回が僕にとって修業の場でした」
今度は日本で自由な発想でタップをやりたい。そう思い、26歳で帰国してからも活動スタイルはNYと同じ。バイトしながら、夜はDJやミュージシャンが集う場所へ出かけて行き、セッションさせてもらった。「そこでいろいろなアーティストと出会い、ライブに参加させてもらったりしながら、徐々にタップの仕事が増えていった感じです。バイトは1年ほどで辞めました」
タップは、熊谷さんにとって自己表現だけでなくコミュニケーションの手段でもある。
「言葉で表現するよりステップを踏んでいる方が、自分の気持ちを伝えられる。事実タップのお陰で様々な人とつながることができた。タップは僕という人間の人格を形成する大切な一部です」
限界作らず、考えすぎずまずは飛び込む
ソロ活動だけでなく、様々なジャンルの音楽とのセッションもコンスタントに続けている。2010年8月31日には、何とクラシックのオーケストラと初めてコラボレーション。共演相手は東京フィルハーモニー交響楽団だ。
「先日、下見で東京フィルの演奏会に行ってきました。ショスタコービチの『革命』を聴いていたらゾクゾクとしてきて。いずれにしても、かつてない、刺激的なセッションになると思います」
演奏予定楽曲は頭に入れておくが本番は基本的に即興だ。
「決して作為的ではなく、真っさらな状態で音を出せるのがベスト。その境地にたどりつけるよう努力したい」
最近は、タップで曲を作ったり、後進育成のための活動にも積極的に取り組んでいる。
「タップはある意味、瞬間芸術。それを作品としてどう形にするかも模索中です。ゴールはまだまだ先。限界を作らず余計なことを考えず、前へ突き進んでいきたい」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
河合隼雄さんの著書がすごく好きで、たくさん読んでいたこともあって、純粋に「カウンセラーになりたい」という思いはありました。今の社会から必要とされている分野だと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
19歳の時に読んだ柳田邦男さんの「犠牲(サクリファイス)」や、岡本太郎さんの著書ですね。いずれも、表現していくこと、生きていくことを教えられました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
特にないですが、強いて言えば、タップシューズでしょうか。
Infomation
熊谷和徳×東京フィルハーモニー交響楽団
KAZ meets Tokyo Philharmonic Orchestra
「~REVOLUCION~」公演決定!
斬新なスタイルのタップダンスで注目を集める熊谷和徳さんが、創立100年の歴史を誇る東京フィルハーモニー交響楽団と共演。タップとクラシックオーケストラのセッションという、にわかには想像もつかないまさに革命とも言うべきステージが実現します。
公演名/熊谷和徳×東京フィルハーモニー交響楽団
KAZ meets Tokyo Philharmonic Orchestra ~REVOLUCION~
出演/熊谷和徳(タップ)、東京フィルハーモニー交響楽団、中川賢一(指揮)、中島ノブユキ(音楽監修・編曲・ピアノ)
日時/2010年8月31日(火) 19:30開演
会場/東京オペラシティ コンサートホール
問い合わせ先/サンライズプロモーション東京 TEL0570-00-3337(10時~19時)