第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.77映画監督 山下敦弘
映画が人をその気にさせる
Heroes File Vol.77
掲載日:2012/6/15
登場するユニークなキャラクターに思わず吹いてしまうような、そんな独自の世界観でファンを獲得し続けてきた映画監督、山下敦弘さん。大学在学中に自主映画から出発し、監督としての立ち位置を確立してきた一方で、人間の愛らしさを見つけるあたたかい眼差しが失われないのはなぜだろう。映画を撮り始めたきっかけから、映画作りへの思いなど、語ってもらった。
Profile
やました・のぶひろ 1976年愛知県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。大学の卒業制作として制作した初の長編映画『どんてん生活』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。その他受賞歴多数。監督最新作は芥川賞受賞作を原作とした映画『苦役列車』。2012年7月14日(土)から公開予定。
人間くさい主人公に魅せられメガホンをとった
2011年、芥川賞を受賞した西村賢太さんの小説『苦役列車』が早くも映画化される。監督は、独特の笑いで観客を魅了し続ける山下敦弘さん。主人公・貫多の独白があまりに人間くさく、原作の貫多のキャラクターにはまってしまったそう。
「その日暮らしで人に迷惑かけてばかりだし、うまくいかないのは自業自得。なのになぜか愛らしくて憎めない。『ちょっとビターな寅さん』というか(笑)。僕らって、結局は親や友達に頼ってしまうことが多いと思うんですけど、貫多は一人できっぱりと生きていく。それってやっぱりかっこいいなと。ラストシーンにはそんな貫多の『始まり』ともなる希望を添えて撮ろうと決めました」
監督として、どれだけ個々の力を引き出せるか
山下さんが映像を撮り始めたのは高校時代。常に友人と映画の話をしていたが、話すだけじゃつまらないからと、ある日、父親のビデオカメラを自宅から持ち出した。
「撮影するよって言えば、それを理由に人も集められるじゃないですか。一度撮り始めると夢中になって、夜な夜な誰かの家に集まり『今度はゾンビもの撮ろうぜ』とか話し合ったりして。別の高校からも人が集まったりして、結構大規模な交流会になっていましたね」
卒業後、大阪芸術大学の映像学科に入学すると、早々に同じ寮の先輩が「映画作るから手伝って」と声をかけてきた。それが、今や国内外で注目される映画監督の熊切和嘉さんだ。
「遊びに行く感覚で毎日現場に行き、荷物を運ぶなどできることをしながら、熊切さんをずっと見ていたんです。熊切さんは自分たちより遅く寝て、誰よりも早くみんなを起こしにくる。この人一体いつ寝てるんだっていうくらい、映画への執念が違った。ギャラもないのに役者やスタッフがどんどん集まってくるんです。監督は、人を集めた時どれだけ個々をその気にさせて力を引き出せるか。熊切さんを見ていて学んだことは、自分にとっての基本となりましたね」
十数人の同級生と参加した現場だったが、朝から晩までのハードな日々を経て残ったのは、山下さんを含めたったの4人。自分たちも自ら映画を作りたい、いつしかその思いを共有していた4人は、チームを組み、仲間を集めて卒業制作を完成させる。この作品が国内外の映画祭で評価され、2作目でも、その妙なおかしみに満ちた世界観から監督・山下敦弘の名はますます周知のものとなる。「でもこの頃は自主映画の延長という感じで、監督としてまとめていく意識はまだ薄かった」。山下さんの前に、少しずつ「プロ」という壁が立ちはだかっていた。
「演出担当・山下」から「監督」へ
山下敦弘さんの3作目の監督作『リアリズムの宿』で、山下さんは初めてスタッフの半数を東京から呼んで撮影を開始した。すると元々の大阪のスタッフは山下さんを「山下」と呼び、東京のスタッフは「監督」と呼んでくる。現場では、スタッフと監督、スタッフ同士の間で、妙な気遣いや不平の空気が漂った。「今まではチームの中の演出担当・山下として、どう間合いをとり、どんな映し方をするかに集中していれば、誰かが他を補ってくれていた。でもこの時、自主映画とプロの現場との違いを実感して、監督として現場を仕切っていかなきゃと初めて意識したんです」
続く『リンダ リンダ リンダ』では、スタッフ皆が山下さんを「監督」と呼んだ。役柄に不安を覚える女優がいれば飛んでいって説明し、現場の隅々に心を凝らした。そのかいあって、女子高生の青春を描いた同作はロングランヒット。これを機に、公開規模の大きな作品の監督オファーも増えていく。
仲間も観客もがっかりさせたくない
そんな引く手あまたとなった今も山下さんは、脚本家の向井康介さんを始め大学時代からの仲間とも定期的にタッグを組んで映画を制作している。
「彼らと撮ることはやっぱり特別なんですよね。すごいことやらかそうぜっていう気合が入る。でも彼らには甘えや妥協は見透かされるから緊張もするんです」。ずっと認め合ってきた仲間だから、がっかりさせたくない。それは期待してくれる観客に対しても同じだ。
なおかつそのスタンスは演出をすることにおいても徹底している。「僕から『こういう芝居をしてください』って伝え、それを了解したうえで役者が表現してくれる。演技はすべて関係性の中でやっていくもの。だからたとえ脚本の中に『ここで泣く』と書いてあっても、泣き顔さえあればいいのかといったらそれは違う。どの方法を選ぶことが、観(み)る人に嘘(うそ)をつかずに一番伝えられるかってことですよね。でも『泣いてください』ってひどいむちゃ振りをしたことも昔はありましたけど」(笑)
11年に公開された『マイ・バック・ページ』では、これまでの笑いに満ちた作風から一転し、学生運動盛んな激動の時代のジャーナリズムを題材に、その中で失われた人の死の重たさを見つめた。「あの作品は自分の中でしょい込み過ぎた部分があった。だから今回の『苦役列車』では、かっこつけずにとにかくシンプルにやろうと思っていました。強烈に生きようとする主人公・貫多の面白さ、それだけでいいじゃんと」
監督である以前に、人間・山下として、人に真摯(しんし)に向き合う。その姿勢は揺るがない。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
バイト長ですかね(笑)なにかしらのバイトをずっと続けて、上りつめているんじゃないかな。
人生に影響を与えた本は何ですか?
いましろたかしさんの作品集で『初期のいましろたかし』(小学館)ですね。いましろさんの作品に出てくるキャラクターのしぶとさや、最底辺でがんばってる人たちの悶々としたかんじとか、映画を撮るうえでもとても影響を受けています。今回の『苦役列車』も、その影響が表れているからこそ、こういうかたちになったんだと思います。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
やっぱりひげですね。東京に来てからいろいろ仕事をもらえるようになったので、このひげのせいもあるかなと思うともう剃れなくなっちゃって(笑)。ひげと帽子とメガネ、これは必須ですね。
Infomation
山下敦弘さんの監督作『苦役列車』が7月14日(土)より公開!
第144回芥川賞を受賞した西村賢太作『苦役列車』が早くも映画化される。日雇い労働のひねくれた青春を送る主人公・北町貫多を、映画『モテキ』の主演が話題となった森山未來さんが熱演。「倉庫シーンの撮影の朝、役作りのために顔をパンパンに腫らしてやってきて、朝から弁当も威勢よくかき込んじゃう。森山くんってほんとにすごいなって思いましたね(笑)。森山くん演じる貫多を見て、それを笑えるかっていうのは、多分見る人の人間力にかかっている部分もあると思う。貫多を通して自分のことも少し考えてもらえたらうれしいですね」(山下敦弘さん)
キャスト/森山未來、高良健吾、前田敦子、マキタスポーツ、田口トモロヲ
監督/山下敦弘
脚本/いまおかしんじ
原作/西村賢太『苦役列車』(新潮文庫刊)
公式HP/http://www.kueki.jp/