第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.83映画監督 西川美和
心が揺らぐ現場の怖さを知った
Heroes File Vol.83
掲載日:2012/9/14
デビュー以来一貫して自身で物語を生み出し、メガホンをとってきた西川美和さん。その物語はと言えば、人が誰でも抱える心の闇を鋭くえぐり、映像にして告発するかのようだ。そんな恐ろしい映画にもかかわらず、国内外で今もっとも注目を集める監督の一人である。一度出演した俳優たちが再び出演を熱望するほどの現場は、西川さんのどのような経験から築かれていったのだろうか。新たな挑戦となった新作映画への思いなどとあわせて伺った。
Profile
にしかわ・みわ 1974年広島県生まれ。大学在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』にスタッフとして参加。2002年『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビューを果たし、数々の国内映画賞を獲得。『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)は国内外で絶賛され、作品をもとに執筆した小説は文学賞の候補に挙がるなど注目を浴びる。現在、4作目『夢売るふたり』が公開中。
新作で、女という生き物の複雑で滑稽な魅力を描いた
原案、脚本、監督を全て自身でこなす。デビュー以来、一貫してゼロから映画を生み出してきた監督、西川美和さん。
公開中の映画『夢売るふたり』では、結婚詐欺師の夫婦を中心に据え、初めて「女」をテーマに映画作りに挑んだ。
「今回の作品では、いかに女という生き物が複雑で滑稽で魅力的かということを伝えたかった。自分が今まで生きてきていろんな女の人の中に見つけた景色、それは特別美しくもなくなかなか日の目を見ないもの。でもそんな女たちのいいところを自分はよく知っているんだぞって」
「自分の作品に共通するのは罪悪感を抱えた人間のドラマということ」と本人が語る通り、人が内面にはらむ感情や欲望が、他人との関係性の中で揺らいでいく様を1作目から丹念に、鋭く描いてきた。そこには何一つブレがなく、監督デビューも満を持してのものだったかに見える。だが実はその裏側には、西川さんの「現場」との格闘があった。
居場所がなく、情けなさが募った助監督時代
映画の世界に入るきっかけは、大学4年次、テレビ制作会社の入社面接でのこと。「映画の仕事がしたい」と思いをぶつけた先に座っていたのが、映画監督の是枝裕和さんだった。入社試験は落ちたが、のちに是枝さんから「映画作りに参加しないか」と連絡がくる。
「『現場に向いているんじゃないかと思った』と、後でおっしゃっていました。でも実際は全然向いていない」(笑)
意外に聞こえるが、そう振り返るのも助監督時代の経験からだ。スタッフとしての初参加後、大学卒業と同時にフリーの助監督に転身。数々の作品に関わるうち、現場がどれだけ過酷かを、身を持って知った。
「助監督というのは、誰かが作り上げた作品世界を理解し、監督がやりたいことを自分がやりたいことのように把握するわけです。そして日々刻々と変化する現場に順応して切り盛りしていかなければならない。けれど私は、もうついていくのに精いっぱいで」
「居場所がなく情けない気持ちだった」と振り返る4年間のフリー助監督時代だが、この間にこそ同時に現場の怖さを肌に刻んだ。「現場では何十人もの人間が同時に動きますから、本当に生き物のようで、一触即発というか、役者やスタッフの心だってデリケート、ちょっと心が傷つくだけで全てがうまくいかなくなる。この経験は今の糧になっていますね」
その後、西川さんは現場を離れたい一心で映画『蛇イチゴ』の脚本を書く。その作品で、まさか監督として現場に戻ることになるとは知らずに。
俳優と、対戦しつつ作品の責任を共に背負う
映画『蛇イチゴ』が監督デビュー作となった西川美和さん。家族の崩壊劇を描いたその脚本が、西川さんを大学在学中に見いだした是枝監督に認められ、自身で監督も務め上げた。
1作目にして数々の映画賞を受賞し注目が集まる中、2年近い歳月をかけて再び脚本を練りメガホンをとった2作目『ゆれる』は、異例のロングランヒットを記録。
「『蛇イチゴ』では全く余裕がなかったし、正直これっきりと思っていたので、腰を据えて現場で作品と向き合い始めたのは2作目からですね」
それ以来感じている、俳優と共に映画を作り上げていくだいご味は、監督と俳優の間の「戦い」にあるという。
「俳優は、ボクシングのリング上で戦う『対戦相手』。その日になって、相手がどんなパンチを出してくるかを見て、こちらも一人ひとりアプローチを変えていく。一方で、その作品の評価に関わる部分で背負っているものが俳優と監督とは近いんです。だから他のスタッフとは違う『共犯関係』もありますね。でも自分の作品がその役者の人生の一部ともなるわけですから、私としてはやはり責任を持たなければと思います」
これからは、作品を作るために意地も通していく
西川さんはデビュー前、監督を自分がすることに迷いがあった。だが、「30歳までに監督をしないとだめだ」と言われた言葉を握りしめて28歳で挑み、今に至る。その言葉の主、安田匡裕さんは、制作会社の会長として西川さんのデビュー作からずっと企画に関わってきた。だが、前作の公開直後に急逝。「安田さんの言葉を信じてやらせて頂いたのに。自分の映画にとっての親を亡くした気分」と悔しさをにじませる。
「新作『夢売るふたり』では、制作を進めるためのレールを敷いてくれていたリーダーを失い、迷う部分もありました。でも作品に対する基本的なスタンスは変わらない。自分が考えた物語なのだから、今回もこれまでと同じく自分の好きにやらせてもらおうと。もう4作目ですから、意地も通さなきゃいけないというか、それが自分の仕事とも思いますし、そうやって自分を叱咤(しった)していったところもありましたね」
今回ほど、脚本に立ち返る作業を現場で繰り返したのは初めてだという。「要素が多ければ多いほど物語の根幹を見失うものだけれど、そのために脚本がある。脚本には、常に初心が書いてあるので」
昨今、小説の執筆にも精力的な西川さんだが、映画と小説の重心は?と聞くと、間髪容(い)れずに「映画ですね」の声。
笑顔の内側に、きっと新たな決意と企(たくら)みが芽吹いている。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
サラリーマンですね。もともと書く仕事がやりたかったので、会社員としてちゃんとお給料をもらいながら、そんな仕事に就きたかったですね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
坂口安吾の『堕落論』です。10代の頃に読みましたが、「生きよ、堕ちよ」という言葉は、すごい言葉だと思いました。自分の根本的な人格形成はこの本でなされている気がします。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ロレックスの腕時計。先に出てきた安田匡裕さんが、前作『ディア・ドクター』が出来上がった時、ご褒美で腕時計をくださったんですよ。しかもおすし屋さんか何かで、ひょいって。物を頂くのは、それが最初で最後になったんですけれど。安田さんがこの場に居たらいいだろうなって時にいつも着けていきます。
Infomation
西川美和さんの第4作目
映画『夢売るふたり』が公開中!
西川美和さんが原案、脚本、監督とやはり全てを担う待望の新作は、東京の片隅で小料理屋を営む夫婦が、火事で全てを失い、再び自分たちの店を持つために夫婦で結託して結婚詐欺を企てるという、スリリングなエンターテインメントだ。だまされる女優陣の魅力もさることながら、取材を基に描かれる都会に暮らす彼女たちのたたずまいや孤独は、全編にわたりリアリティーに満ちあふれている。
「これはただの夫婦の物語じゃないから、『女』というものを描くためにこれだけの人間を登場させなければならないんだっていう説得力を持たせることが何より大変でしたね。女独特のずうずうしさや、いろんなものにふたをしながら生きる様を、主演の松たか子さんは非常に豊かに演じてくれたと思います」(西川さん)
キャスト/松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈、鈴木砂羽、木村多江、香川照之、笑福亭鶴瓶ほか原案・脚本・監督/西川美和公式サイト/http://yumeuru.asmik-ace.co.jp