第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.116作家 岩崎夏海
気遣いが人を引き寄せる
Heroes File Vol.116
掲載日:2014/5/9
作詞家の秋元康さんに師事。その後、初めて出版された小説「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が270万部を超えるベストセラーとなる。今や「もしドラ」作者としてすっかり有名な岩崎夏海さん。それだけ聞くと順風満帆に見えるが、決してそんなことはないという。紆余曲折を経てきたらこそ、今がある。
Profile
いわさき・なつみ 1968年東京都生まれ。東京芸術大学美術学部建築科卒業。秋元康氏に師事し、放送作家を経て、2009年の著書「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」がベストセラーとなる。代表を務める「部屋を考える会」編集の自己啓発本「部屋を活かせば人生が変わる」が発売中。
1年で消えた映画監督への夢
41歳の時に書いた「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(通称「もしドラ」)が270万部を超えるベストセラーとなり、一躍有名作家となった岩崎さん。だが、そこに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったという。
大学卒業後、作詞家の秋元康さんに師事する。「映画監督になりたかったけれど、私は大衆性が欠落していて、人と遊んだりコミュニケーションを取ったりするのが苦手。エンターテインメントの達人のような秋元さんに弟子入りすれば、自分に足りないものが得られるのではないかと思ったのです」
希望を聞き入れ、秋元さんは映像制作チームへ、ADとして配属してくれた。「ところが体育会系の職場になじめず、1年で辞めてしまいました」
映画監督を諦めた岩崎さんは、放送作家チームへ入れてもらう。「歩合制だったのですが、いくつかのバラエティー番組に携わり、28歳には何とか食べていけるぐらいの収入を得られるようになりました」
ところが予期せぬ出来事が起きる。妻が子供を連れて出ていってしまったのである。
師匠の背中を見て生き方の襟を正す
「実はその頃、放送作家に限界を感じて辞めたいと感じつつも、家族のために頑張ろうとしていたんです。あまりにショックで自暴自棄になり、死のうかと思いましたが、だったら死ぬ気で自分の好きなことをやろうと考え直しました」
学生時代、作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」を読み、こんな小説を書きたいと思った。それを思い出し、そこから足掛け3年、細々と放送作家の仕事をしながらコツコツ小説を書き続けた。
「しかしながら才能は認められず、いくつか新人賞に応募するのですが全然ダメ。気付いたら32歳で年収が95万円。再び生きる気力を失いました」
そんな岩崎さんを再び助けてくれたのが秋元さんである。「精神的に追い込まれている私を気遣ってくれたのだと思います。今度はカバン持ちとして自分に付き、プロデューサーとしてやってみろと」
秋元さんはいい意味でモンスターだった。働き詰めで忙しいのに他人への気遣いも忘れない。その姿に圧倒された。
「人間の価値はクリエーティビティでは決まらない。生きていく上で大切なのは、サービス精神や気遣いなのだと学びました」。それ以降、自己主張をやめ、相手の話を聞き、余計な否定や反論も控えた。
「そうしたら一気に友達が増え、いろんな人が話し掛けてくれるようになった。ようやく人として成長できた気がした、そんな瞬間でした」
人生を変えた「もしドラ」
作詞家の秋元康さんのもとAKB48のプロデュースなどに携わっていた岩崎さん。充実していたがあまりに忙しく、仕事以外の時間がない。「売れずとも小説を書きたいと思っていたので、その時間を作るため39歳で退社させてもらいました。大きな決断でした」
IT企業へ転職し、ITの勉強と文章のリハビリを兼ねてブログを始めた。書くネタが尽きたので、かつて秋元さんに提出し没になった企画を書き始めたところ、出版社の編集者から「本にしませんか」と連絡が入った。それが後にベストセラーとなった「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(通称「もしドラ」)だった。
「新人賞に何度応募しても落選し続けていたので、自分が素晴らしいと思っても、私の小説は出版社に受け入れられないと諦めていました。でも、そうやっていったん夢を手放したことで、チャンスは巡ってきたのだと思う。これで人生が変わるという確信も得ました」
世界的な経営学者が説くマネジメント力を活(い)かして女子高生のマネージャーが野球部を強くするという「もしドラ」は、小説でありながらビジネスのエッセンスが学べる本として注目されヒット。岩崎さんは念願の作家となる。
だが今、決して満足はしていない。「『もしドラ』以上の作品がなかなか出せず、このまま『もしドラ』のご威光にあぐらをかいた仕事を続けていたら、きっと窮地に立つ。それは避けたいと思っているのです」
新事業として「ヘヤカツ」を開始
そこで岩崎さんは、新規事業に取り組んでいる。ビジネス書の制作や自己啓発のためのプロジェクト推進、インターネットの動画チャンネルの番組制作などである。
「特に最近力を入れているのが『ヘヤカツ』プロジェクト。昨年暮れに出した書籍『部屋を活かせば人生が変わる』もその一環です。『ヘヤカツ』によって人生が輝き始めた私自身の経験をもとに、そのノウハウをまとめて紹介しています」
仕事は人の役に立っているという実感を得るためのものであり、この実感こそが自身の存在価値につながると考える。「だから得意なもので人に役立つことを仕事にした方がいい。私の小説も世間のニーズには合わないと思うので、これはあくまで人生の目標とし、仕事ではないと考えています。65歳まで事業家として世の中のために働き、その後、分かる人にだけ分かる小説を書いていこうと決めています」
淡々とした口調から飛び出す言葉は時にシニカル。だがそこには、さまざまな苦難を乗り越えてきた人だからこその、温かな説得力がある。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
学校の先生。年上がどうも苦手で、年下相手に空威張りしたり、教えたりするのが好きだなというのが最近になって分かってきました。
人生に影響を与えた本は何ですか?
ガブリエル・ガルシア=マルケス著「百年の孤独」です。人間の孤独の本質を描いた小説。こういう本が書けるような小説家になりたいですね。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
ファッション全般です。ある本に「正装(盛装)とは相手のためのもの。着るのが面倒くさい、ともすればやや窮屈な洋服を着ることで相手への敬意、尊敬を示すもの」と書いてあり、なるほどと思いました。以来、人と会う時には香水や靴も含めてファッションには十分気を使います。ビジネスの場でネクタイをしないまま人に会うなんて言語道断です。
Infomation
岩崎夏海さんが代表を務める「部屋を考える会」編集
「部屋を活かせば人生が変わる」発売中!
人生がうまくいく人といかない人を分けているのは能力ではなく環境。部屋を整えることで眠っていた能力が引き出され、人生も変わる、そんな「ヘヤカツ」を伝授するために結成されたのが「部屋を考える会」(代表:岩崎夏海さん)。そして、そのノウハウを一冊にまとめたのが「部屋を活かせば人生が変わる」(出版社:夜間飛行/定価:1,600円〈税別〉)だ。目からウロコのアドバイスが満載。なお公式サイトでは「ヘヤカツ」相談も受けつけている(有料)。「ヘヤカツ」サイトhttp://heyakatsu.com