第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.133写真家 川島小鳥
自分に正直な選択をする
Heroes File Vol.133
掲載日:2015/5/21
川島小鳥さんの写真集を見ていると登場人物一人ひとりの伸びやかさに思わず引き込まれる。ありふれた日常風景であっても、つい目を留めてしまう。今年は、優れた作品を発表した新人写真家に贈られる木村伊兵衛写真賞も受賞。穏やかな人柄の奥にある、川島さんの写真家としての情熱に迫った。
Profile
かわしま・ことり 1980年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、写真家・沼田元氣氏に師事。2007年に『BABY BABY』を発表、11年に『未来ちゃん』で第42回講談社出版文化賞写真賞を受賞。その他の作品に詩人・谷川俊太郎氏との共著『おやすみ神たち』など。最新作の『明星』は第40回木村伊兵衛写真賞を受賞。
自然とのめり込んだカメラの世界
赤いほっぺにおかっぱ頭。まるで何かに挑むような形相でフォークを口に運んでいる。佐渡島で暮らす3歳の女の子を約1年かけて捉えた写真集『未来ちゃん』。2011年の発売と同時に多くの人が「未来ちゃん」の圧倒的な生命力に魅せられ、瞬く間に約12万部のヒットに。これにより一躍世間から注目を浴びたのが写真家の川島さんだ。
高校時代の将来の夢は映画監督だった。「映画はいろんな時代のいろんな場所へ一瞬にして連れていってくれるから大好きでした」。そして夢に向け、練習のつもりで始めたのが写真だった。「ある時、友達と一緒に映画を撮ることになったのですが、どうも僕は人に指示するのが苦手なようで、集団行動には向いていなかった。だからすぐに方向転換し、一人で動ける写真にのめり込んでいきました」
大学へ入っても友達や風景を撮り続けていた川島さん。就職活動の頃はさすがに焦りもしたが、写真以外にやりたいこともなく、また、カメラマンになったとしても果たして写真集を出す以外にどんな仕事があるのかも分からなかったため、何もしなかったという。「そんな僕を見かね、友人が写真スタジオっていう仕事場があるよと紹介してくれまして、運良く受かったのでそのまま就職しました」
受賞をきっかけに写真家の道を選択
写真スタジオでは、機材を運ぶなどプロのカメラマンをフォローする業務に携わる。「社会人としての常識はここで学びました。ただ、修行に似たところもあって、かなりハードワークでずっとつらかった。そこは、大体みんな2年ぐらい働いて卒業していくのが慣例だったので、僕もそうしました」
その後、生活費を稼ぐ手段として街の写真屋でアルバイトを始めるのだが、これが思いがけず大きな転機となる。「お店の人が、暇な時は自由に写真をプリントしていいよって言ってくれたので、大学時代に撮りためていた、女の子を被写体にしたネガフィルムを改めてプリントし直してみたんです」
そして意外に出来栄えが良かったので一冊の本にし、写真賞に応募したところ大賞を受賞。幸運なことにそれが写真集『BABY BABY』として出版されることになった。
その頃、川島さんは写真家の沼田元氣さんに師事していた。「沼田さんは、写真家としてのオリジナリティーの出し方が素晴らしく、昔からファンでした。そんな沼田さんから『写真の魅力は被写体が8割、撮影者の力量なんてたかが知れている。謙虚な気持ちが大切だ』と教わりました」
賞を機に写真家としての第一歩を踏み出す川島さんにとって、絶妙なタイミングの大切な教えとなった。
台湾に3年通って撮影した『明星』
川島さんは2014年、約3年ぶりとなる新しい写真集『明星』を発表した。
「台湾を撮った写真集なんですが、前作『未来ちゃん』を見た台湾の人から台北で写真展をやらないかと連絡をいただき、初めて台湾へ行ったのが11年。現地の人たちはみな自分の理想を掲げ、自由に伸びやかに楽しく生きていた。その姿に憧れを感じた僕は、そんな『台湾』を撮りたいと思ったんです」
3年間に30回、台湾へ渡った。そのうち約1年はアパートを借りて語学を学んだりして、実際に住んで撮り続けた。「僕は結構しつこいんです。良い作品にするためには納得いくまでとことんやらないと気が済まない性格。でも、何回も訪れたかいあって台湾の内側までのぞけた気はしています」
撮影枚数は7万枚ほどで、写真集はそこから約200枚を厳選。作品の縦横を気にせずに楽しんでもらおうと、体裁にもひと工夫を凝らした。「自分が写真家としてやりたかったこと、表現したかったことの全てをこの一冊に詰め込むことができた」という『明星』は、今年「写真界の芥川賞」と呼ばれる木村伊兵衛写真賞を受賞した。
人の心を動かす写真を撮り続けたい
ヒット作となった『未来ちゃん』も『明星』も、写真に登場する人物はみな天然で無垢(むく)な輝きを放ち、キュートだ。そして風景は、ありふれた日常を切り取っただけなのに妙に心に残る。どこか懐かしく温かく、ときめきが感じられる。
「被写体の魅力をそのまま捉えたいので、ずっと一緒に居てシャッターチャンスを気長に待ち、自然な感じで撮っています。また、写真を見る人にとって全然知らない場所でもその人の現実とどこかでつながっている、そんなファンタジーの世界を表現したい。だから、時代や場所を超えて、見る人が何かをふと思い出すような、奥底にある記憶を呼び覚ますような写真を心掛けています」
現在は自身の作品展を各地で開催しながら、人物カメラマンとして雑誌や広告、CDジャケットの仕事などに精力的に取り組んでいる。「さすがに昔よりは共同作業も平気になりました(笑)。雑誌や広告の仕事はいろんな立場の人が妥協せず、良いものを作り出そうとするところが好き。勉強になることが多いです」
もし写真家になっていなかったら何もしていないかもと語る。「カメラがあるから僕は人や社会とつながっていられる。そんなカメラに支えられ、見る人の心を少しでも動かせる写真を撮っていきたい」
シャイなのにどこか人懐っこい笑顔。穏やかなまなざしは今何を見つめているのだろう。答えはきっと次回作にある。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
写真以外の仕事だったら生き苦しさを感じていたかも知れません。だから何もしていないかも。
人生に影響を与えた本は何ですか?
最近読んだばかりの本で言えば、西加奈子さんの『サラバ!』。勇気をたくさんもらいました。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
半身浴。心が落ち着きます。
Infomation
最新写真集『明星』発売中
台湾に3年間で30回通い、時に現地で暮らしながら撮り続けた7万枚ほどの写真の中から、約200枚を厳選して制作された写真集。登場する台湾の人たちはみんなキラキラと輝き、生き生きとしている。写真を見る人が思わずほほ笑んだり、懐かしい気持ちになったり、いろんな気持ちを味わえる一冊だ。本の作りも独特の形をしていて楽しい。なお、2015年5月29日(金)〜6月14日(日)には写真展「明星」を台北の誠品書店信義店で開催予定。
発行元:ナナロク社
発行日:2014年12月24日
価格:3,000円(税別)