第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.178お笑い芸人 矢部太郎
ずっと受け身でもつかめるものはある
Heroes File Vol.178
掲載日:2018/1/25
身長158㎝、体重39㎏ときゃしゃな体つきの矢部太郎さん。お笑いコンビ「カラテカ」のボケ担当であり俳優としても映画やドラマ、舞台などに出演し、異彩を放っている。そんな矢部さんが2017年に出版したエッセー漫画が破竹の勢いで売れまくっている。なぜエッセー漫画を描いたのか、またお笑いという仕事の魅力は何かなどを伺った。
Profile
やべ・たろう/1977年東京都生まれ。お笑いコンビ「カラテカ」のボケ担当。芸人としてだけでなく舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍する。父は絵本作家のやべみつのりさん。大家さんとの一風変わった「二人暮らし」を描いたエッセー漫画『大家さんと僕』が発売中。
お笑いコンビ「カラテカ」の矢部さんが初めて描いた、エッセー漫画『大家さんと僕』が好調に売れている。2017年10月末の発売からすでに20万部を突破。50歳近く年上の大家さんと矢部さんとの何とも不思議な交流が描かれていて、思わず笑いがこみ上げたり、2人のやりとりにほっこりしたりする。
「大家さんは僕と同じ場所で暮らしているのに、見ている景色が全然違うし、何でも戦争当時を基準に話したりするところがとても新鮮でした。僕は芸人なので笑いで表現したくなるんですけど、笑いでは伝えきれないような大事なものがたくさんあって、その辺りを描いてみたいなと思って始めたんです」
そんな矢部さんが、お笑い芸人を目指したのは高校時代に相方の入江慎也さんに誘われたのがきっかけだった。入江さんは、矢部さんとは対照的な性格で超行動派。コンビを組むとすぐ入江さんに言われるがまま、文化祭でネタを披露したり、テレビ番組のお笑いオーディションを受けたりした。
とはいえ、お笑いで食べていけるとは思えず大学へ進学。「ただ、入江君は芸人になる夢を諦めなかったのでコンビでの活動は続けていました」。やがて、若手芸人がネタを披露する漫才劇場に出演するようになる。
「1回出ると来月も出る? と声を掛けてもらえて、気づいたら毎月ライブに出るようになっていました。でも最初は月1、2回しか出番がなく、ギャラもすごく安かった。それでも口座に振り込まれているのを見たら、芸人の仕事をしている気になってうれしかったですね。もちろんそれだけでは食べていけず、高校時代からの釣り堀でのアルバイトも続けました」
24歳のころまでそんな生活だった。「僕って最低限の収入があれば満足で、お金のことは正直そんなに気にならないんです。でも、20代の終わりごろ、そろそろ若手と呼ばれなくなり、その言葉に甘えられなくなるなと思ったら、不安になって何か特技がほしくなりました。それで気象予報士の資格を取ったんです」
以後、資格も生かせて仕事の幅は広がっていった。そして17年は、40歳を前にしてエッセー漫画という新しい分野に挑戦。しかも結果を出せて、それが更なる自信となった。
「大家さんとの出会いは僕のターニングポイントになりましたね」。これまで、主体的に芸人の道へ進んだわけではなく、大家さんが住む家に引っ越してきたのもたまたま。でも、流されるようにきたからこそつかめるものもあるんだと、矢部さんは教えてくれる。
評価は人がするもの。自分で決めなくていい
お笑いコンビ「カラテカ」の活動だけでなく、俳優として映画やドラマ、舞台に出演するなど才能を発揮している矢部さん。
「30代初めのころ、あるレギュラー番組でご一緒した俳優の黒沢年雄さんに『評価は人がするもの。自分で決めないほうがいい。とにかくやってみればいいから』と言われました。僕は行動を起こさずに考え込んでしまうタイプだったので、その言葉ですごく気持ちが楽になりました。それ以降、苦手だなと思うことでも、自分で評価しても仕方ないんだからと、『まずは挑戦』と思ってやってみるようになりました」
17年に出版したエッセー漫画『大家さんと僕』もそんな思いでやってみた。小さいころから絵は好きだったが、漫画は描いたことがなかった。それでも、大家さんと矢部さんの関係が面白いから絶対漫画にしたほうがいいと勧めてくれる人がいた。「だから挑戦できた。僕一人の判断だったら尻込みしていたかも知れません」
俳優の経験も『大家さんと僕』を描く際にとても役に立ったという。「芸人にとっては笑いを取ることがすべてで、最終目的なんです。でも芝居は、泣かせるとかジーンとさせるとか、笑い以外の感情も目標になる。笑いがなくても別に不安にならなくていいんだと、俳優の仕事で気づかされたわけです。お陰で漫画も別にお笑いに特化したものにする必要はないんだと思え、楽な気持ちで臨めました」
とはいえ一番好きなのはやはりお笑いだ。一人でも多くの人に笑ってもらおうと思うことが今は最大のモチベーションになっている。
「ただ、この世界に引きつけられるのは、劇場でネタをやるのが楽しいだけではない気もしています。芸人だと、こんなガリガリの容姿や、自信なさそうな雰囲気の人間性も逆転させられるというか、世の中に肯定してもらえるんです。最初は相方の入江慎也君に誘われるままやっていただけなんですけど、芸人ならオドオドした性格もむしろ長所として捉えてもらえる。そのことを知ってしまったから、たぶん僕は辞められないんだと思います」
困っていると、助けてくれる先輩も芸人の世界には多い。それも離れられなくなった理由の一つ。「少し前ですが、板尾創路さんに『芸人としてパッとしない、どうしたらいいでしょうか』と相談したら、『枠にはまらないことをどんどんやっていけばいい』というようなことを言って励ましてもらいました」
夢は、相方の入江さんと一生舞台に立ち、漫才をし続けることだ。「僕はやっぱり、入江君が隣にいると一番安心するんです」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
一応、大学では教育学部だったので、教師になっていたかも知れませんね。
人生に影響を与えた本は何ですか?
漫画家・東村アキコさんの『かくかくしかじか』です。中に「描け」というセリフがあって、それが妙に印象に残ったんです。ちょうど『大家さんと僕』を描くことを考え始めたころだったので、何だかそのセリフが背中を押してくれたところもあったように思います。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
本当に緊張しいなので、舞台に上がる前に心も体もほぐす意味でストレッチをしています。役者さんでする人は多いですが、お笑い芸人では少ないですね。
Infomation
著書『大家さんと僕』発売中!
2階建ての一軒家。1階は大家のおばあさん、2階には「トホホな芸人の僕」こと矢部太郎さんが住んでいる。あいさつは「ごきげんよう」で、好きなタイプはマッカーサー元帥、牛丼とハンバーガーは食べたことがなく、終戦を基準に話をするという、上品でチャーミングな大家さん――。そんな大家さんとの日々をつづったエッセー漫画『大家さんと僕』が2017年10月末に発売されるやいなや、相次ぐ重版でたちまち20万部突破! 「大家さんに読んでほしくて描いた漫画なので、大家さんが面白いと言ってくれて、売れていることを喜んでくれているのが何よりうれしい。ほっこりとした気分になれるとみんな言ってくれます。一人でも多くの方に手に取っていただけるとうれしいです」(矢部さん)
出版元:新潮社
定価:1,080円(税込み)