第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.229 お笑い芸人 ふかわりょう
航路を変えよと本能が教えてくれた
Heroes File Vol.229
掲載日:2021/3/19
20歳でスムーズにお笑いの世界へ入ったものの、次第に自分の本質とは異なるものを求められ、そのことに苦しんだというふかわりょうさん。
そんな自分の人生の軌道修正を30歳の頃に行い、今は自身が100%自然体でいられる心地良いポジションを確保しているという。
2020年11月に出版したエッセー集も好調なふかわさんに、これまで仕事とどう向き合ってきたのか話を伺った。
Profile
ふかわりょう/1974年神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。94年にデビュー。2021年4月からTOKYO MX「バラいろダンディ」新MCに就任予定。ROCKETMANとしてミュージシャン、DJなどでも幅広く活躍。新刊『世の中と足並みがそろわない』(新潮社)が発売中。
どこにもなじめない、何にも染まれない……。そんな社会との隔たりや日常生活における違和感をつづった、ふかわさんのエッセー集『世の中と足並みがそろわない』が好評だ。「ずっと心の奥にあった鈍痛の正体を集約したのがこのタイトル。ここまでコンプレックスをさらけ出し、自分という人間の『原液』に近いものを書いたのは初めてです」
中学の授業で見た映画でチャプリンに魅了され、高校の文化祭では喜劇に挑戦。そこで手応えを感じたのが原点となる。「その頃から、将来就くのは年齢と共に深みの出る仕事がいいなと考えていました。ピアニストも候補の一つでしたが、文化祭の反応ですっかり勘違いし、お笑い芸人になろうと決めました」
大学へ入学したのは、「ビートたけしさんをテレビで見ていて、お笑い芸人になるには賢くなければならない」と思ったから。ただ、どうすればなれるかは分からなかった。そこでオーディション雑誌に掲載されている芸能事務所に片っ端から電話をかけた。こうして20歳の時、芸能界の門をたたくことになる。
「今振り返るとどうかしてたと思う。自分はイケるという謎の思い込みだけで飛び込んだんです」。そしてネタ見せオーディションを何度か受け、試行錯誤を繰り返し、自分の笑いのスタイルを確立していく。長髪に白いヘアターバン姿で繰り広げる、あるあるネタ「小心者克服講座」が深夜番組で火が付き、たちまち大ブレーク。シュールな一言ネタや自虐的な笑いで「シュールの貴公子」と注目され、バラエティー番組にも数多く出演するようになる。
しかし内心複雑だった。自分の意志とは裏腹に、バラエティー番組での立ち位置がいつしか「いじられ芸人」になってしまっていた。「テレビで求められるふかわりょうと、僕の本質が次第にかけ離れていくのを感じつつ、冷静には考えられず、苦悩しながらも当時の僕はそこにしがみつくしかありませんでした」
30歳の頃、さすがにこのままでは続かないと思い始めた矢先、転機となったのが出川哲朗さんの一言だった。「ポスト出川は、お前だからな」。尊敬するお笑いの先輩からの言葉だったが、出川さんのようになるには生半可な気持ちでは無理。本能的に「それは違う」と感じ、とっさにかじを切って航路を変えた。
目的地は定めず、極力自分が自然体でいられるほうへ。そんな意識の変化から仕事を選ぶこともあったが、幸運にも「5時に夢中!」というテレビ番組に漂着し、MCを任されることに。同時にクラブDJや執筆など、自分が表現するフィールドを大切にするようになっていった。
好きな仕事に潜む「嫌」が継続には必要
バラエティー番組での「いじられ芸人」から、自分が自然体でいられる仕事へ。かじを切り直して新たな航海へ出た30代前半、ふかわさんには肝に銘じていたことがある。「何を思い、どう動き、誰と出会うか」だ。「自分が何を考えるかがまず大事。そこからどうアクションを起こすか、そしてその先で誰と出会うか。この3つがうまくつながった時、すごく良い『景色』にたどり着けるはずだと信じていました」
そして38歳でたどり着いた「景色」こそが、TOKYO MXの情報番組「5時に夢中!」だ。ここでMCを務めることになる。強烈な個性を持つゲストが日替わりで登場し、毒舌とも取れる自由な発言が番組のウリであり人気。
「初の帯番組のMCで、最初は自分の色を出そうと必死でした。好き勝手に発言する『猛獣』のようなゲストの調整役が僕の役割なのに、自分が一番の猛獣になっていた(笑)」。でも時間をかけてその自我は消え、今は周りを照らすことに注力し、それが心地良いと感じるようになった。「番組作りも音楽と一緒。ゲストの皆さんは種類の異なる楽器で、僕は指揮者。それぞれの音色を引き出して楽しいアンサンブルをお茶の間に届けてきました」。番組は2021年3月で卒業し、4月からは新たな番組のMCに挑む予定だ。
また、いい意味で時には成り行き任せも大切だと思うようになった。笑福亭鶴瓶さんの仕事ぶりを見てからだ。「鶴瓶師匠は入念に準備をするんですが、それをいったん忘れて舞台に立つ。一度手放すのはすごく怖いことです。でもそのアクションがあるからこそ生み出せる唯一無二のものがあるんだなと」
お笑い芸人の域を飛び越え、テレビやラジオのMC、クラブDJ、ミュージシャン、エッセイストなど多彩な才能を発揮し、活躍を続けているふかわさん。21年の今年で芸歴も28年目に入る。長きにわたって色々と経験する中で、嫌なことやつらいことも多々あった。しかし一度もやめたいと思ったことはないという。「どんなに好きな仕事でも、嫌なことや面倒なことは多少なりともあるはず。でもその何%かの嫌なことが、継続には必要なんです。それがないとどんなに好きな仕事でも飽きてしまいます」
ふかわさんが30歳の頃に転身したそのきっかけを与えてくれた出川哲朗さんから、少し前にメールが届いた。「エッセー集『世の中と足並みがそろわない』を読んだよ。考えすぎだよ、もっとラクに生きろ」という内容。「あまりにも温かい言葉だったので、思わず泣きそうになりました。『ラクに生きる』は僕の永遠のテーマ。これからも苦悩しながらこのテーマを手探りで追求していきたいです」
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
先生ですね。祖父と兄が教職なんです。僕もアルバイトで塾講師をやっていたことがあったのですが、教え子の良さを見つけてあげたり、たけた部分を本人に気づかせてあげたりする仕事っていいなと思っています。
人生に影響を与えた本は何ですか?
『星の王子さま バンド・デシネ版』です。よく知られているサンテグジュペリ原作の『星の王子さま』を基に、フランスの作家ジョアン・スファールが新たにバンド・デシネ(フランス語圏のマンガ)として描いたもの。絵も文章も原作とちょっとタッチが違うところと、全体的に押しつけがましくない雰囲気があって、そこが気に入っています。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
今日が特別な日だからといって、いつもと違う何かをしようとは思いません。変化が嫌なので、極力いつもどおりの自分で勝負に挑みます。
Infomation
エッセー集『世の中と足並みがそろわない』発売中!
ふかわりょうさんが日ごろから抱えているささいな違和感やそれに類する感覚を、22のエッセーにまとめた本『世の中と足並みがそろわない』が2020年11月に発売された。その内容は、どうしても略せない言葉や、スマホ画面が割れたままの女性のこと、ふかわさんが「ポスト出川」からかじを切った30歳ごろの話、誰も触れなくなった「結婚」のこと、アイスランドで感じた死生観、そしてタモリさんからの突然の電話などなど。「かなり僕自身の濃度が高い本ですが、すでに多くの方に読んでいただき、しかも温かなメッセージまでいただいて、すごく感謝しているところです。おかげで僕から見える世間の景色も完全に変わりました。闇から日なたのほうへと誘われた感じです」とふかわさん。「“足並みがそろわない”からといって嘆いているわけでも喜んでいるわけでもなく、ただ世の中との隔たりを眺めているだけの本ですが、よろしければ」と言葉を添える。タイトルが気になる人は試しに読んでみては。
発行元:新潮社
定価:1,485円(税込み)