第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる
Vol.108写真家/映画監督 蜷川実花
経済的自立が課題だった
Heroes File Vol.108
掲載日:2013/10/4
国内外問わず、ファッション、広告、映像など幅広い分野で活躍。最近は映画監督としても注目を集める蜷川実花さん。プライベートでは一児の母でもある。すべてを手に入れた女性と思われがちだが悪戦苦闘の日々だという。そんな蜷川さんが写真に情熱を傾け続けるのはなぜか。理由を聞いた。
Profile
にながわ・みか 東京都生まれ。大学在学中に「ひとつぼ展」グランプリ受賞、2001年に「木村伊兵衛写真賞」受賞。現在までに個展を80回以上開催し、写真集を90冊近く出版している。07年映画「さくらん」、12年映画「ヘルタースケルター」の監督を務める。13年9月28日に、責任監修のムック本「MAMA MARIA(ママ・マリア)」が発売された。
子育てしながら働く母親たちを応援
「映画撮影の初日など、気合を入れたい時はハイヒールにネイル! 女子的な武装をして臨みます」。女性、母、写真家。すべてを全開で楽しんでいるような姿がカッコよく、可愛らしく、多くの男女から支持を得ている蜷川さん。「いえいえそんな。キラキラしているように見えて実はボロボロ(笑)。好きな仕事はできていますが、生活を楽しむ余裕はないですね」
そんな実体験を踏まえ、世の働く母親たちへエールを送るムック本「MAMA MARIA(ママ・マリア)」をこのほど制作した。責任監修を務め、撮影や構成などほとんどすべてを担ったものだ。「幸せそうに見えてもその裏側に苦しさがあったり、抱えているものがあったり。母親はきれいごとだけでは務まらない。でも一緒に楽しく頑張っていこうと言いたくて、かなり力を入れて作りました」
幼い頃から「経済的にも精神的にも自立しろ」と言われて育った。「だから、そもそも男の人に養ってもらうという感覚がなく、一生食べていくには何をすればいいのかと、わりと早い段階から考えていました」
父親は日本を代表する演出家の蜷川幸雄さん。いつも枕ことばにその名前がついてまわった。それが嫌で「どうしたら蜷川実花個人として認められるのかを考えていました。ずっと、私って何? 私には何ができるの? ということを意識せずにはいられない環境にありました」
公募展が写真家として育ててくれた
写真を撮るのは好きだった。でもそれで食べていけるとは思えず、大学ではグラフィックを専攻した。それが、大学2年の時に「ひとつぼ展」の写真部門で入選し、4年時には写真家の登竜門のような賞も受賞。それが決め手となって写真家としての道を選んだ。
「同級生が就職活動中、私は出版社や広告会社へ自分で営業に行きました。どんな小さなチャンスも逃したくなくて、作品ファイルをリュックに入れて持ち歩いていましたね」
卒業後、本格的にフリーで活動を開始。賞を取ったとは言え世の中そんなに甘くなく、最初の2、3年はギリギリ食べていけるという感じだった。
「漠然とした将来への不安はありましたが、とにかく撮り続けよう、と」。実は前述の「ひとつぼ展」には4回応募している。同じ公募なら進化していなければ落ちてしまう。そこへあえて挑み、自分を鍛えた。
そんな努力を重ね、29歳の時、写真界の芥川賞とも言われる「木村伊兵衛写真賞」を獲得。「たぶん私は認められたいという気持ちが人一倍強い。だから公募展に応募し続けた。でもそれが自信となり、今につながったのだと思います」
原始的な感情がそのまま写るように
エッジの利いた色彩感覚で、華やかに艶(つや)やかに表現する独自の世界観が魅力。これまでに80回以上の個展を開催し、写真集も90冊近く発行した。その一方でファッション誌や広告などの撮影も精力的に行う。
「自分の撮りたいものを撮れるベースがあるので、仕事で人の要請を受けて撮るのも全然ストレスではない。言われたことは何でもやります。CMならクライアントさんに喜んでもらえるよう徹底的に考え抜く。好きな写真でお金が頂けるわけですから、こんなありがたいことはないと思い、依頼があればどんな仕事も、できる限りお受けしています」
作品を撮る時は、例えば花であれ人であれ、被写体に対しては「ひたすら気持ちを込めて撮っているだけ」だと言う。
「こんな風になるといいなと思うこと自体が邪念になるので、ステキだな、キレイだなっていう原始的な感情がそのまま写ればそれでいいかな、と。人物を撮る時も、どういう人なのかな、どんな風にステキな人なのかなって思いながらレンズをのぞくだけ。そういう真摯(しんし)な気持ちって話さなくても相手に伝わるし、信頼関係も生まれ、結果的に作品になっていく。そこが面白さですね」
自分は何を考え、どう思っているのか。その気持ちがないと芸術はどんどん淘汰(とうた)される。そこがこの仕事の一番の怖さだと言う。「正直、構図や色合いなど技術的なものだけで、蜷川実花風の写真は撮れてしまう。でも、そんな作品を世の中に出していたら危ない。気持ちが抜けているかどうかは絶対に人に伝わりますから」
既成概念を取っ払い自由に生きよう
蜷川さんは自身の作品の独自性について、「全く人の意見を気にしないでやってきたところから生まれた」と分析する。
「3歳の頃、父親は新宿の雑踏に私を連れ出しては『みんなが右の道を行っても、実花が左と思ったら左を行きなさい』と言い聞かせていました。お陰で今は人の目を気にしないで、自分の価値観を信じて歩いている。それは大きな財産です」
人の目が人をがんじがらめにして動けなくする。それが本当にもったいないなと思う。「やりたいことがあるなら、小さな常識に縛られず、まずは始めてみよう。時はあっという間に過ぎていきますからね」
自身の夢は昔も今も世界征服だ。「基本的には、私は初めに感動があって、自分のために撮る。それを多くの人に観(み)てほしいだけ。結果、みんなに喜んでもらえたらもちろんうれしいですが。だからスタートは、自分の欲望を満たすということなんです」。シンプルに、正直に、ひたすら自分の夢を今日も追いかけている。
ヒーローへの3つの質問
現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?
思いつかないです。いろいろやらせてもらっていますが、写真家であることがど真ん中にあり、それはこれからも変わらないと思います。
人生に影響を与えた本は何ですか?
小学6年生の頃、藤原新也さんの「メメント・モリ」を父親から渡されたのですが、子ども心には衝撃的でした。当時はよく分からなかったのですが、それでもあの中に描かれている死生観とかドロッとしたものは、肌触りとして残っていたので、大なり小なり今の私に影響を与えている一冊だと思います。
あなたの「勝負●●」は何ですか?
勝負ハイヒールと勝負ネイル。女子として武装しますね(笑)!
Infomation
2013年9月28日発売!
蜷川さん責任監修の“ママ本”「MAMA MARIA」
自らも幼い子どもを持つ蜷川さん。「母親っていろいろ大変だけど、楽しくやろうよ」というメッセージを込め、責任監修を引き受けたムック本「MAMA MARIA(ママ・マリア)」が9月28日に発売された。他の“ママ雑誌”とは一線を画し、蜷川さんだからこそ実現したキャスティングで、仕事や美容、子育てを両立させる母親たちのための誌面を展開している(光文社刊、800円〈税込み〉)。
富山県で個展を開催
2013年10月26日(土)~12月23日(月・祝)にミュゼふくおかカメラ館(高岡市)にて「蜷川実花展 ―MIKA NINAGAWA『noir』」が開催される予定。